第9話獄上の会議②

 椅子をガタガタを揺らし、見目麗しい少年は後ろ手に頭を抱えながらぼんやりと言う。


 彼が口を開く度、まだよく伸びていない牙がちらちらと覗き、八重歯のように見えるのが、これまた見た目以上になんとも幼く感じる。


 この場にいる最年少の四天王幹部、吸血鬼ヴァンパイアである【無垢】のリオンである。




「え、何? 魔王軍ってショタもいんの? 凄い髪の色綺麗……。はじめましてボク、お姉さんは恋し浜のえるって言うんだ」




 にっこりという感じでしゃがみこんだのえるが笑いかけても、ああ、と少年はニコリともせずに応じた。




「悪いけどお姉さん、僕、これでも吸血鬼なんで。もう既にお姉さんの十倍ぐらいは生きてるんだよね。子供扱いしないでくれる?」

「えっ、えぇぇぇ……!? あ、あの吸血鬼!? あの、やっぱニンニクとか嫌いなもんなん!?」

「やめてよね、その名前を出されるだけでも胸がムカムカする」




 リオンは露骨に顔をしかめた。

 

 そう、数々の魑魅魍魎がひしめく魔族においても、吸血鬼は能力的には最強種に属する魔族である。


 その圧倒的な魔力、身体能力を持つ吸血鬼一族の中でも、リオンはかなり早熟で、頭も出自も相当によい。


 その恵まれた能力、家格、本人の才覚、見た目故に、ときたま彼のはすっぱな態度は「嫌なガキ」でしかないところが間々あるのが玉に瑕だ。




「とにかく、この人が打算でこういうことやってないっていう保証はないわけじゃん? ギリアムは馬鹿だから仕方ないけど、頭から信じるのは危険だと思うな」

「ばっ、馬鹿とはなんだ馬鹿とはリオン!? 俺の婆ちゃんが嘘を言ってたっていうのか!?」

「や、やめろギリアム! 机を叩くな! 高かったんだぞ!」

「もう籠絡されてやんの、魔族なのに随分とチョロいんだなぁ。【暴虐】の名前が泣くよ」




 リオンは明らかに小馬鹿にした口調で吐き捨てた。




「とにかく今、このお姉さんが僕ら魔族に優しいかどうかなんて、会議で決めるのは間違ってるって言いたいの。そんなもんしばらく観察してからそうらしいねって判断することじゃないの?」




 正論、圧倒的正論――この無垢な子供の顔で言われるから、更に説得力が増す。


 瞬時、反論が出なかった面々を見て、ハァ、とリオンが聞こえるようにため息を吐いた。

 



「しっかりしてよね、みんな僕と違って大人なんだから。魔族の最高首脳がこんなんじゃ他の魔族に示しがつかないよ。とりあえず僕は……」




 と――そのとき。何かを思いついた表情で、のえるがゴソゴソとポケットを弄った。


 んお? とリオンがのえるを見ると、「おっ、やっぱ残ってた」とのえるが笑った。




「ボク、チョコレート食べる?」

「え――?」

「ウチの世界のお菓子。この世界に召喚された時に持ってた残りなんだけど、ボクにあげるよ」

「ばっ、馬鹿にすんなって! 僕はこれでも百二十歳と八ヶ月だぞ! お菓子ぐらいで機嫌が取れるなんて……!」

「まぁいいから、ホラ」




 瞬間、リオンの大きく開いた口に、有無を言わさず茶色い塊が放り込まれた。


 んぐ!? と目を白黒させたリオンが……やがて神妙な表情になり、最終的に物凄く輝いた顔になった。




「……なにこれ甘んめぇぇぇぇえええええ! 処女の血よりも甘いじゃん!! なにこれ、レアじゃん!!」




 素っ頓狂な絶叫がリオンの口から発し、四天王の面々が目を丸くした。


 それを見たのえるが満足そうに笑った。




「あはははは、やっぱ効いたか。どう? むっちゃ甘いでしょ?」

「すっげぇぇぇぇぇ! こんな甘いものがあるなんて初めて知った! お姉さん、コレ他にないの!? 僕コレ百年ぐらいずっと続けて食えるんだけど!! レアじゃん!!」

「うーん、残念だけど一個しかないんだよねそれ。最後の残りだし……」




 少しだけ残念そうなのえるの表情に、はっ、と、リオンが何かを察した表情になった。




「お姉さん……もしかして、そんな大切なものを僕にくれたの?」

「うん。だってウチ、せっかくなら君とも仲良くなりたいしさ。ならチョコレートぐらい安いモンっしょ?」




 あくまで後悔はないのだ、と言いたげなのえるの声にも、リオンは沈んだ顔で項垂れてしまう。


 そう、彼の二つ名は【無垢】――つまり、子供特有の残虐性と素直さを併せ持つ魔族であり、こういうときの態度は子供そのものである。




「ご、ごめんなさい……そんな大切なもの、僕が食べちゃった……」

「いーよいーよ、それにこの世界にだってカカオ豆ぐらいあるかもだし。無くなったらまた作りゃいいじゃん、気にすんなし!」




 そう言ってのえるはリオンの背中をバシバシ叩いた。


 優しい……本当にこの女、異次元的なまでに、優しい。


 しばらくの沈黙の後……ガタンッ! と椅子を鳴らして立ち上がったのはアヴォスである。




「おっ、お前ら――正気なのか!? 四天王ともあろう魔族がものの数分で人間如きに飼いならされおって!!」




 アヴォスはあくまで反対の立場で居続けようとしたのだろうが、その声には張りがなかった。


 この聖女が伝説の通りの存在なら信じてしまいたい……そんな甘美な妄想に侵食されつつあるのが、アヴォスの声からも表情からも明らかだ。




「お前らは我ら魔族が聖女に受け続けてきた仕打ちを忘れたのか!? 一体何人の同胞が聖女の毒牙にかかった!? 一体何回お前らは聖女が率いる軍勢と戦った!? 何回! お前らは! 聖女を! 殺したいと願ったのだ!?」




 繰り返し机を叩きながらの金切り声にも、四天王の連中の反応は渋いものだった。


 そんなこと言われても……そんな気の抜けた空気が会議に漂いつつある。




「この女は確かに多少我ら魔族に優しいかもしれん! それは認める! だが聖女だぞ、人間なんだぞ!? 我らとは不倶戴天の敵であるはずだろうが! こんな人間を受け入れるなんて私は反対だぞ、反対だぞッ! 誰が受け入れようとも、私だけは――!」

「あのさぁメガネ君」




 その瞬間、のえるの声が雷鳴のように響き渡った。


 「め、メガネ君――?」と驚いた様子のアヴォスに、のえるが厳しい表情で言った。




「さっきから黙って聞いてれば、随分ウチのこと、悪しざまに言ってくれんじゃん。メガネ君、ウチのこと嫌いっぽいね?」




 ガサツが常の魔族にしても、それは随分直接的な問い方だと思えた。


 アヴォスが流石に口ごもる気配を見せると、ハァ、とのえるがため息を吐いた後――気を取り直した表情で顔を上げた。




「まぁいいよ。なんかメガネ君は聖女と過去になんかあったっぽいし。そんなすぐに信用できないのも当たり前っしょ。メガネ君は悪くないかもだし――」




 悪くない。あくまで相手を気遣ったその言葉に、アヴォスが口を半開きにして硬直する。


 のえるは何かを企む表情でニヤニヤと笑った。




「なら、聖女としてのウチじゃなくて、ウチ個人を好きになってもらうだけだし! ウチはメガネ君を諦めないから! 何があっても絶対仲良くなったる! 覚悟しとけっつーの、このインテリメガネ!」




 ――過去、魔族が誇る知将として、そして魔王の右腕たる眷属けんぞくとして。


 魔王でさえ一度も怯えた所を見たことがない賢者アヴォスが、はっきりと、怯えの表情を浮かべた。


 あう、あう……と喘ぐように慌てて、結局、助けを求めるかのように、アヴォスがベルフェゴールを見た。




「ま、魔王陛下……!」

「諦めろアヴォス、聖女のえるとはこういう人間なのだ。だからこそこの場に連れてきた」




 ベルフェゴールは瞑目してため息を吐いた。




「決まりだな。聖女のえるは伝説に名高い魔族に優しいギャルである。少なくとも、そうである可能性は非常に高い。【焦熱の魔王】、ベルフェゴール・リンドヴルムの御名によって、魔王軍四天王に命じる」




 ベルフェゴールは魔王の声で命令した。




「今この時より、そなたら魔王軍四天王は、聖女のえるを何があっても守護しろ。たとえ血が枯れ果て、四肢が千切れようと、いざという時はその身に代えてでも聖女のえるを守り抜くのだ。今そなたらの目の前にいる存在は――我ら魔族の、そして人間族の未来そのものなのかもしれぬのだからな」




 その言葉を、四天王の面々は緊張の面持ちと共に聞いた。


 それを見たのえるが、なんだかよくわかんないけど、と口を開いた。




「これ、ウチが受け入れられたってことでいいんだよね? なんだかわかんないけどよっしゃ! ギャルピース!」

「ぐすっ、うう……見ててくれ婆ちゃん、ギャルピース!」

「うふふ、なんだか素敵な気持ちになってきたわァ……ギャルピース!」

「お姉さん超レアじゃん! ギャルピース!」




 次々と、アヴォス以外の四天王の面々が真似をする。


 それを呆れたように見つめて、アヴォスは野太いため息を吐いた。




◆◆◆




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