第7話獄上の右腕

「魔王、ベルフェゴール・リンドヴルム陛下。お迎えに上がりました」




 馬を降り、跪いて畏まった銀髪の青年に、ほわぁ、とのえるが声を上げた。


 そう、このローブ姿の銀髪、端正な顔立ちにモノクルという、獄上に賢そうな魔族の青年は、既に数百年の付き合いであるベルフェゴールから見ても相当な美丈夫である。


 うむ、とベルフェゴールは首肯で応じた。




「魔王軍四天王が一人、【大賢愚】アヴォスよ、出迎えご苦労。随分と手回しがよいことではないか」

「それは当然でございます。何しろ魔王陛下が直接お出になられ、人間によって召喚された聖女を拉致しに行かれたのですから。して、聖女は――」

「ああ、首尾よく手に入った。これだ」




 ベルフェゴールが親指でのえるを示すと、のえるが緊張した面持ちで頭を下げた。




「あの、恋し浜のえるって言います。よ、よろー……じゃなかった、よろしく――?」

「んむ――? はて、魔王陛下。この者は本当に人間なので?」




 魔王軍四天王の一人、【大賢愚】アヴォスの目にさえ、のえるのその風体は異様に見えたらしい。


 己の顎に手を添え、ぐいぐいと無遠慮に顔を観察したことで、うひゃっとのえるが顔をのけぞらせる。




「恐れながら、魔王陛下――この者の化粧、髪の色、風体……人間とは異なっておるように見えます。まさか魔族、それも淫魔サキュバスなのでは――?」

「さっ、サキュバスって! そんなエロかないわ失礼な! ウチはこれでもいちおー清楚系ギャルだし! ギャルをナメると噛み付くぞワレェ!!」

「ぎゃ――!」




 瞬間、【大賢愚】アヴォスが素っ頓狂な声を上げた。


 その声が聞こえたらしい強面揃いの魔王軍でさえ、驚愕にざわっと揺れた。




「ギャル、だと……!? ま、魔王陛下! この者は今、己がギャルであると申したのでは……!?」

「ああ、そうだ。この者、聖女恋し浜のえるは……自分がギャルなるものなのだと自称しておる」




 その一言に、魔王軍のどよめきが一層強くなる。


 中には魔王の御前であることも忘れ、ヒソヒソと会話したり、聖女のえるの顔を覗き込もうとする者まで。




「しっ、しかし――! あんなものはただの伝説です! 魔族に優しいギャルなど、人間が魔族に優しいなどということは有り得ない、有り得るはずがない! 人間はみな、我ら魔族を虫けら以下に扱うものです! 目を合わせることすら忌み嫌い、我らを遠ざけ、蔑み、爪弾きにする……!」




 しかし、流石【大賢愚】と称される魔族の頭脳は、その伝説を頭から信じることは出来なかったらしい。


 のえるを憎悪の篭った目で睨みつけながら、まるで噛み付くようにアヴォスは怒鳴った。




「恐れながら、魔王陛下は今まで人間が我々にしてきた仕打ちをお忘れなのですか! 聖女は魔族の敵です! 聖女は今まで何度も何度も我ら魔族を切り裂き、磨り潰し、無残にも殺めてきた――!」




 それは――忘れるはずはない、忘れることなど出来るはずがない。


 過去何人の、何百人、何千、ひょっとしたら何万の同胞が、聖女の圧倒的な霊力の前に命を落としてきた。


 そしてその被害者の中には、俺の家族も――。




「その女は異世界より召喚されし聖女、魔族を害するための霊力を持っているはずだ! そんな女を魔王城へ引き入れるというのですか! おやめください、危険すぎます! やはり当初の計画通り、その女を――!」




 【大賢愚】アヴォスの声は、そこで途切れることとなった。


 瞬間、ぞっ――と、魔王を中心として放たれた殺気がほぼ物質的な圧力を伴い、魔王軍全員の側を駆け抜ける。


 その殺気とともにひと睨みされたアヴォスはいっぺんに顔色を失い、噴き出した冷や汗があっという間に顔をしとどに濡らした。




「あ、も、申し訳ございません魔王陛下……! どうかご容赦を!」




 慌ててその場に跪いて畏まり、許しを請うたアヴォスを見下ろしながら、ベルフェゴールはふぅ、とため息を吐いた。




「忠臣アヴォスよ。そなたの人間への憤りと怒り、俺も魔王として十分すぎるほど理解している。だがなアヴォス、この聖女のえるだけは……そうではないのかも知れぬ。何しろ初めて顔を合わせた時、この俺の手を両手で取り、どこも穢れていない綺麗な手だと言ってくれたからな」




 アヴォスが、思わず、というように顔を上げた。


 そうだよな? の視線とともに横にいるのえるを見ると、のえるが戸惑いつつも頷いた。




「俺はその時、賭けてみようと思ったのだ。この世界を救うのが暴力ではなく、優しさであることにな。すまないが問答は無用だ、全責任は俺が取る。もしこの女がそうではないとわかったその時には――そなたが俺を弑逆しいぎゃくし、俺に代わって魔王の座に着くがよい」




 その一言に、アヴォスが息を呑んだ。


 魔王ともあろう存在に、ここまでのことを言わせるとは――。


 その覚悟と決意の大きさに、魔族軍は水を打ったように静まり返った。




 これで、俺の決意表明は終わりだ。


 殺気を治め、ベルフェゴールは魔王の声で令した。




「アヴォス、現状、聖女のえるに関しては口外禁止だ。まだ彼女が伝説上の存在、魔族に優しいギャルであると決まったわけではない。それと、魔王城に帰ったら可及的速やかに四天王を集めよ。今後についての方針を決める会議を開く」

「は、は――!」




 随分慌てた様子で頷いたアヴォスは、そのまま周囲をどやしつけて隊列を組み直させ始めた。


 と――そのとき。


 きゅ、と服の袖を掴まれる感じがして、ベルフェゴールが下を見ると、聖女のえるがほんの小さく、ベルフェゴールの右袖を掴んでいた。


 おや、と思ってのえるを見ると、のえるは何も言わずに不安そうな顔で唇をきゅっと引き結んでいる。




 そうだ、聖女のえるはついこの前、異世界から召喚されてきただけの少女なのだ。


 これだけ強面の魔族に取り囲まれたのも初めてなら、自分が魔族にとってどれほどの存在であるのか、今の魔王軍の反応を見ればすぐにわかったらしい。


 委細がわからなくとも不安にかられるのは当然のことと言えた。




「それと、アヴォス」




 その不安を払拭すべく、ベルフェゴールは隊列を組み直させているアヴォスに声をかけた。


 その声に、アヴォスが振り返った。




「魔王城に帰ったら至急、城内に聖女のえるのための一室を手配せよ。最上級の部屋を用意するのだ。何しろ彼女は俺の、大切な――大切な客人なのだからな」




 えっ? と、のえるが驚いたようにベルフェゴールの顔を見上げた。


 わざわざ伝える必要もなかっただろう指示に、アヴォスは少し戸惑った表情を見せたが、すぐに返答し、それからまた隊列を組み直す作業に戻った。




「べ、ベルベル、今のって……」

「なんだ。お前は俺の大切な客人であろう? なにかおかしいか?」

「あ、いや、ナンデモナイデス……」




 なんだか縮こまってしまったように赤面し、聖女のえるは空いている右手で口元を覆った。




◆◆◆




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