第6話魔王は女嫌い
しばらく歩いていると、ふと、背後にのえるの気配がないことに気がついた。
不審に思って振り返ると、ちょっと離れた位置にいたのえるが、なんだか物凄くじっとりとした表情でこちらを見ていた。
「ん? どうした?」
「ベルベルってさぁ……本ッ当に女の子と付き合ったことないんだね」
「なッ――!?」
急にそんな事を言われ、ベルフェゴールは目をひん剥いた。
「ど――どういう意味なのだ、それは!? ただ歩いておるだけであろう!?」
「だってさぁ、ウチとベルベルの歩行スピードとか体格差とか全然考えないで一人でノシノシ歩いてくじゃん。全然待ってくれないどころか振り返りもしないし。男の甲斐性ゼロかよこの男……」
「んな、なななな……!」
「とにかくさぁ、そういうところも、なんだよね。フツー男の子は女の子に優しくするもんなんだよ? だから今後は歩くスピードにも気をつけること、いい?」
「ぐ、ぬぬ……! ま、まぁ、それはすまなかった……」
なんだか、この聖女といるとやはり魔王としての威厳もへったくれもあったものではない。
まるで小さな子を嗜めるように腰に手を当てて嘆息したのえるが、やおらベルフェゴールの隣に駆け寄ってきて、その右手を掴んだ。
「えっ、えぇ――!?」
「まぁ、こうやって腕掴んでれば嫌でも先に歩いていけないでしょ。魔王城までこうやってエスコートしろし」
「ちょ、ちょっと待った……!」
今まで三百年、女の子と付き合うどころか手を握ったこともなかった童帝魔王には、そののえるの突然の挙動は刺激が強すぎた。
今やベルフェゴールの腕はのえるによってしっかりと抱き抱えられ、そこからのえるの体温が直に伝わってくる。しかもめっちゃいい匂いがする。
これは――これは相当にマズい。魔王が魔王でいられるはずがなかった。
「ちょ、ちょっと……! これはいかん……!」
「いかんって何よ? 腕組むぐらいフツーでしょ?」
「きょ、距離感が……距離感が近い……! おっ、俺、これでも一応魔王なんだが……!!」
「魔王なら魔王らしく立派にエスコートしろよ。おら、とっとと歩けし!」
命令口調でそう言われて、ベルフェゴールは可能な限りのえるを視界に入れないようにして歩き出した。
一歩一歩歩くごとに、のえるの長い髪が揺れ、ふわりふわりと甘い香りが漂ってくる。
しかもお互いに共通の話題が乏しい上、周りが荒野であるため、無言。
緊張する。それ以上に、気まずい……。
これではいかん。それぐらいこの童帝魔王にもわかった。
ベルフェゴールは必死になって真っ白になっている頭の中に話題を探した。
二十年前、魔王城を攻めようとした人間軍5000を一撃で塵にした話、魔族が今研究している、人間の繁殖力を弱める大魔法の理論の話題、今後の人間領侵攻計画に魔界に住むケルベロスを調教して軍犬として放ってみようか検討している話、大予言者が千年前に予言した「魔王が痔を患う」という予言が的中し、自分が切れ痔になった話――。
考えてみて、愕然とした。
ない、ないのだ。
女の子どころか、普通に他人と会話を楽しむための話題が、自分の中にない。
どういう数え方をしても、一個もない。
中でも一瞬、コレはイケる、絶対ウケると踏んでしまった話題が、切れ痔の話題って――。
その事実に気がついた瞬間、なんだか物凄く自分が情けなくなり、オフッ、と思わず呻いてしまった。
そのうめき声を耳ざとく聞きつけて、のえるが不思議そうな顔をした。
「何?」
「いや……今思わず、自分が情けなくなってな……」
「はぁ?」
「俺、俺は……こうやってせっかく女と腕を組んで歩いているというのに、楽しい会話のひとつもできない男だったのかと思って……」
そう思うと、流石に落胆した。
それを見て、のえるが息を呑んだ。
「俺、俺という男は……本当に戦いの事以外、何も知らぬ男なのだな……お前が言うことは本当だった。今まで知らなかった……俺は、俺という男は、実は物凄くつまらぬ魔族なのでは……」
かなり本気で泣きそうになっているベルフェゴールを見て――。
瞬間、のえるが大きな大きな声で笑い始めた。
「何ソレ……マジウケんだけど……! 魔王が凄いちっさいことで落ち込んでる……! なんじゃそりゃ、クソウケる! ……あははははは!」
「んな――! なんということを言うのだお前は!? これでも俺は本気で愕然としておるんだぞ! 笑うな!」
思わず浮かびかけた涙が、憤りによって一瞬で引っ込んだ。
その代わり、ヒーヒーと苦しげに息継ぎをしながら笑い続けるのえるの目尻に涙が浮かんだ。
笑い故の涙――なんだか、途轍もなく久しぶりに見たような気がするその涙に、ベルフェゴールはわけもなく胸を衝かれたような気分になる。
「まぁ、ベルベルともあろう魔族がそんなことで落ち込めるなら、多分、ウチが思ったより早く……戦いなんて終わっちゃうんじゃないかな」
「え――?」
「だって……正直今の今まで、魔族って人間みたいに簡単に落ち込んだり傷ついたりしない人々なんだって思ってたから」
にんまり、という感じで、のえるが笑った。
「でも、魔王であるベルベルからしてそうじゃないんだってわかったら、ウチ、聖女としてちょっと自信出てきたかも。ベルベルもさ、そんな落ち込まないでよ。自分が思ったよりつまんない魔族だってわかったんだからそれも成長、それでいいじゃん、ね?」
その一言に、なんだか心の底がもやもやした。
この聖女、恋し浜のえるは――ただ自分の情けなさを笑っただけではない。
落ち込んでいる自分を励まし、それもある種の成長なのだ、と労ってくれているのだ。
「もしそれでも元気が出ないときは……ギャルピース!」
と、そこでのえるが、手をピースサインにし、まるで剣の鋒を突きつけるようにしてベルフェゴールに向けた。
この聖女、距離感が近いんだか単に無礼なんだかわからん……。
「う……。こ、これが……なんなのだ?」
「なんか塩対応でテンション下がるなぁ……これはギャルピース! ギャルにしか出来ない平和と元気と距離感の近さの象徴! これさえあればいつでも元気出っから! 覚えとけって」
成る程、聖女のえるが元いた世界に存在する、生命強化の魔術ということか。
おそらく、そんなもったいぶった教え方をしてくれたということは、これでもギャルなる種族にとってはあまり他人に教えていい魔術ではなかったはずだ。
優しい――やはりこの聖女は、魔族の頂点である俺にも、ちゃんと優しい。
なんだか気恥ずかしくなり、「おっ、おう……」と顔をそらしたベルフェゴールを見て、のえるはケラケラと笑った。
と――次の瞬間だった。
ピリッ、と、こめかみの辺りに強い魔力の奔流を感じ、ベルフェゴールは顔を上げた。
「ほう、これは結構なことだ。のえる、迎えが来たようだぞ」
「え? 迎え?」
「ああ、あれを見ろ。魔王城からの迎えの馬車だ」
そう言って顎をしゃくった向こうに、土煙を上げてやってくる一団がある。
魔界産の筋骨隆々のユニコーンに跨り、馬車を警護しながら猛然とした勢いでこちらへやってきた一団は、ベルフェゴールとのえるを取り囲んで止まった。
◆◆◆
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