第3話獄上の予言

 思わず最後を呟いてしまったベルフェゴールに、聖女のえるが一層戸惑った顔になった。




「え――き、急に何?」




 困惑している聖女のえるの肩から手を離し、ベルフェゴールは一歩、聖女から離れた。




「え、べ、ベルベル、さっきから一体どうして――」

「聖女――聖女、恋し浜のえる殿」




 急に――先程まで調子を狂わされっぱなしだったベルフェゴールの声が、元の魔王のそれ……いやもっと違う、一層低く、透き通った声になった。




「先程までの我が働いた数々の無礼、誠に申し開きの余地もござらぬ。どうか何卒、平に容赦くだされたく存ずる――」




 そう言って、ベルフェゴールは片膝をつき、胸に右手を添え、頭を垂れて畏まった。


 まるで姫君に対する騎士のようなその所作に、聖女のえるが慌てた。




「う、うぇぇ!? き、急に何!? 急になんでそんなイケメンな動作を――!?」

「聖女のえる殿、我は大変な考え違いをしていた。知らぬこととは言え、獄上に汗顔かんがんの至りである。お前、いや、貴方様はただ単なる聖女ではない。貴方様がまさか伝説に名高き、あのギャルであるとは……」




 ギャル? 


 その言葉に、聖女のえるの顔が呆けた。


 


「それであるが故に、貴方様にはどうか魔族領へ、魔界へご同道頂きたい。何故なら貴方様の出現は――遥か千年以上前から我ら魔族の予言者によって予言されていたのだから」

「よ、予言……?」

「千年以上前に我ら魔族に生まれし大予言者……その大予言者が貴方様の降臨を、そしてその者がもたらす人間と魔族との戦乱の終結を予言している。それは魔族として生まれ落ちたものなら知らぬものは一人としていない、まさに我ら魔族への福音ふくいんそのもの――」




 ごくっ、と、ベルフェゴールは唾を飲み込んで、意を決してそれを口にした。




「なおかつ、そのものは――ギャル、を自称する者であるとも」




 は? と、聖女のえるが呆気に取られた表情になった。




「え、ぎゃ、ギャル――?」

しかり。我ら魔族には――『魔族に優しいギャル』と……そう名前が伝わっている」




 魔族に優しいギャル。


 そう、それは伝説に名高き、いにしえの言い伝えの彼方に霞む存在。




 一般的な魔族なら、そんなものはお伽噺とぎばなしであると、甘い幻想でしかないのだと、半ば諦めている存在。


 だがその一方で、その実在を否定しきれず、彼女こそがこの憎悪と殺戮に魅入られ切った世界を救うのだと、その登場を心待ちにしているに違いない存在。


 その圧倒的な陽気さと距離感の近さで、人間だけではなく、穢れ、忌み嫌われる魔族をも包容し、慰め、それを庇い護ると言われる存在――。




「魔族に優しいギャル――貴方様がその伝説に謳われし存在である可能性があるならば、我らは一刻も早く貴方様を魔界へとお連れし、庇護しなくてはならない。全てはこの三百年に渡る戦乱を終結させ、恒久こうきゅう的に平和な世界を創るため――」




 ベルフェゴールは胸に添えた右手に力を込めた。




「どうか、どうか聖女のえる殿、何卒我らの領地、魔界へ! それにこれ以上、貴方様はここにいてはならない! さもなくば遠からず人間どもの手によって、貴方様は己の意志に関わらず戦争の道具にされてしまう――!」

「ちょ、ちょっと待って! 突然意味わかんないよ!」




 のえるは戸惑いを全開にしてベルフェゴールを見つめた。




「も、もう……意味わからん! それに魔族に優しいギャルって何!? オタクに優しいギャルの親戚かよ!? なんでそんな気の抜けたような伝説が……!」

「はて……オタク、という名の魔族は存じないが、そのオタク族が我ら魔族に近い存在だとするなら、同じか、ごく近い種族ということでは?」

「な、なんか嫌だなそれも! 第一間違ってるし! あのねベルベル、そもそもギャルっていうのは種族名じゃないから!」

「えっ、えぇ……!? そうなので!?」




 ベルフェゴールは真剣に驚いて目を見開いた。




「そ、それでは、その長くて色とりどりの爪は!? その空気に触れると黒から金色になる髪は!? その娼婦の如き長いまつげは!? 餓狼フェンリルの如き赤い瞳の色は!? 貴方様の全てが我々が見知る人間とは異なっておられるようだが……!」

「そんなもん化粧とかカラコンに決まってんでしょ! つーかとりあえずその敬語っぽいのやめて! なんかせっかく仲良くなりかけてたのに台無しじゃん! 普通の口調に戻ってくれないならもう一生口利かないから!」

「そ、それは……! それは、獄上に困る。では大変恐れ多いが、普通の口調にさせてもらうぞ」

「それでよし」




 ふう、とため息を吐いたのえるが、暫く何かを考える表情になった。




「まず、凄い勘違いしてるから。ギャルっていうのはね、種族じゃないの。元は誰でも普通の人間。うーんとね……そうだ、生き方なの、生き方」

「生き方?」




 ベルフェゴールが首を傾げると、うん! と聖女のえるが頷いた。




「自分が可愛いと思ったファッション、メイク、アクセサリーとか仕事、そういうのを信じて貫いてる人なら、その人は誰でもギャルなの。ギャルっていうのは種族でも仕事でも属性でもない。生き方なのよ、わかる?」

「う、うん……? わかるような、わからぬような……」

「あと、ウチは一応白ギャルだけど、黒いのもいるの。昔はヤマンバとかもいたらしいよ」

「う、うーん……ますますわからん……ハイエルフとダークエルフのようなものか? やはりそれは種族なのでは……?」




 ベルフェゴールが整った顔を四苦八苦と歪めていると、聖女のえるがふっと、顔を明後日の方向に向けた。




「それよりもさぁ、その魔族に優しいギャルって何よ? そりゃギャルなら誰にでもフレンドリーだしラブアンドピースだけど、オタクどころか魔族に優しいギャルって決め打ちで言われるとなぁ、なんかな……」




 聖女のえるは呆れたような疲れたような、よくわからない表情でそう呟く。




「第一、ウチは自分で自分のことギャルだと思ってるけどさぁ、魔族に優しいかと言われるとよくわかんないよ。そんなの相手によると思うし、魔族なんて今初めて会ったし……」

「んむ? 心配しているのはそこか?」

「え?」

「いや……俺が疑っているのは本当にお前がそのギャルという種族なのかどうかであって、お前が魔族に優しいかどうかまではあまり疑っておらんのだがな」




 ベルフェゴールが言うと、聖女のえるは驚いたようだった。




「何しろお前は先程、魔王の俺の手を取って、どこも穢れてなどいないと言ってくれたではないか。俺は既に三百年以上生きてきたが、そなことをしてくれて、あんな獄上に優しいことを言ってくれた女など――さっきのお前が初めてだったのだが」




 その一言に、聖女のえるが一瞬、少し赤面したように見えたが――。


 その直後、また何かに気づいた様子で、聖女のえるはベルフェゴールを見た。




「えっ……マジ? ベルベルって三百年も生きてきて女の子と手を繋いだこともないん? そんな綺麗な顔してんのに?」

「あっ」




 墓穴掘った! とベルフェゴールは慌てた。




「い、いや違う、違うぞ! それにこの場合重要なのは俺が女の子と手を繋いだことがない方ではなくて、お前が魔族に対して優しい事実の方ではないか!」

「うわ、反応がリアルに童貞クサっ……。マジかよこの魔王。非モテが彼女いるか聞かれて『今はいない』って答えるヤツやんけ。昔もどうせいたことないのに……」

「や、やめろ! やたらとリアルな話やめろ! とにかく、お前は優しい! 魔族に対して優しいと、他ならぬ魔王である俺がそう判断するのだ、獄上にな!」




 もう、なんなのだ、この女は。


 どうにもこの聖女と会話していると、魔王の対面が保ちにくい。

 

 ベルフェゴールはそこでひとつ、咳払いをして改まった。




「とにかく……お前がギャルであるというなら話は別だ。至急、魔界へ来てもらいたい。お前が予言に謳われる魔族に優しいギャルであるかの調査をせねば」

「そ、そりゃわかったけどさ……戦争を終わらせるとか平和な世界にするとか、そういうのウチ、よくわかんないよ……」




 戸惑いも露わに、聖女のえるは困った形に眉を下げた。




「ただでさえこんな世界に呼び出されて困ってんのに……ウチ、普通のJKだよ? そんな能力、本当にあると思えないし……」




 確かに――それはその通りだ。JKというのは知らぬが。


 聖女がどのように聖女としての霊力に目覚めるのか、それは人それぞれによるとしか言いようがない上、その霊力が戦争という手段以外でどのように発揮されるかもわからない。




 だが、予言者は予言している。魔族に優しいギャルは「失われし聖と魔の絆を結ぶ」と。


 ならばそれは人間と魔族、どちらかの戦いの末の絶滅ではなく、融和であるはずなのだ。


 まだ覚悟が決まらないらしい聖女のえるに、ベルフェゴールは意を決して語りかけた。




「聖女のえる。正直に言って、今までさんざん魔族と敵対してきたはずの人間の聖女に、こんなことを頼むのは、魔王として獄上に屈辱でもある。聖女が今まで我ら魔族にどのような仕打ちをしてきたのか――魔王として忘れるわけには行かぬからな」




 その一言に、びくっ、と、のえるが怯えた。




「だが、俺は、お前の存在に賭けてみたい、賭けねばならぬ身の上なのだ」




 一段と低さを増したベルフェゴールの声に、のえるがうつむけていた顔を上げた。




「俺は魔王だ。魔族と人間、憎しみ合い、いがみ合う者たちの、その片方の頂点にいる存在として、この戦争を俺の代で終わらせる、終わらせねばならん。――だから、俺と来てくれないか」




 ベルフェゴールはそこで再び床に跪き、頭を下げた。




「ちょ、ベルベル、やめてったら――!」

「頼む、どうか俺の言葉を信じてくれ。魔王の、魔族の言葉が信じられないと言うならば、契約魔法を使ってでも――!」

「そうじゃない、そんなんじゃない! ウチが心配してるのは自分が大丈夫かって話であって、魔族が信用できないとかそういうことじゃないから――!」




 聖女のえるが慌てた、その瞬間。


 不意に、鋭い魔力の奔流を感じ、ベルフェゴールは振り返りざまに右手を掲げた。




「【防断ヘイル】」




 宣言と同時に聖女のえるの目の前に光り輝く魔法陣が出現し、聖女のえるがぎょっとした、次の瞬間。


 崩れかけた聖堂の奥から目にも止まらぬ速さで殺到してきた光の槍が、魔法陣に激突して弾けた。


 うひゃっ、と身を竦ませたのえるに構わず、ベルフェゴールは立ち上がった。




◆◆◆




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