第50話:エアとローズ

「リユ先生は退職されて、アマギ王国へ引っ越されました」


 イオのことを相談に行こうと妹ちゃんに会いに行ったら、彼女も学園から出てしまっていた。

 アマギ王国? 確か彼女が前世で経営していた店がある国だ。

 妹ちゃんの前世は俺とイオの幼馴染だ。


「リユは、前世の記憶と心を得て【エア】に戻ったニャン」


 学園長に事情を訊きに言ったら、学園を辞めた理由は俺と似ていた。

 エアに戻ってアマギ王国へ引っ越したのなら、居場所はもうどこか明らかだ。

 妹ちゃん改めエアに会いにいってみよう。


 エアの店は前世で馴染みだったから、転移魔法で気軽に行ける場所。

 一年中雪と氷に覆われた寒冷地のアマギ王国だけど、店内は温かい。

 来店してみると、店は既に大繁盛だった。


 医薬品と健康食品の製造販売店。

 冒険者向けの身体強化食品、女性向けの美容グッズ、一般向けの健康食品など、どれも大人気だ。

 俺は身体強化効果を持つ飴を買いつつ、エアに声をかけてみた。

 エアは成人女性の姿に変わって接客している。


「久しぶり。エアも前世の記憶と心を残してたのか」

「うん。この世界で生きるなら、その方が馴染みやすいから。現世リユも同意して私と交代したの」

「そっか。イオはここに来た?」

「学園を出る前に教えたから、何回か来てるよ。今日も来てくれたついでに新薬サンプルを渡したの」


 親友モチに続いてリユも別人格になってしまったイオの心情を考えると、心が痛む。

 でも、エアとイオの関係は良好みたいで、俺はホッとした。


「そうだ、エカにも渡しておこうかな。気持ち良く口移しできる蘇生薬」

「んなっ?! い、いらないよ。不死鳥フラムで間に合ってるから」


 エアがなんかトンデモナイ薬を渡してきそうになったので、俺は慌てて店を出た。

 なんだよ、気持ち良く口移しって。

 慌て過ぎてイオのことを相談しそこねたぞ。

 また今度話そう。



「ローズも復活しているから、会いに行くといいよ」


 帰り際、エアから情報をもらい、俺はアスカ王国へ転移した。

 ローズは、現世ではカジュちゃんと呼ばれていた女の子だ。

 これでナーゴに残った4人のうち、イオを除く全員が前世の記憶と心を得たことになる。


「エカ、20年ぶりね」


 前世の人格が蘇ったローズも、俺やエアと同じで成人した姿になっている。

 アスカ王国に引っ越したローズは、その歌声で病や怪我を癒す聖女だ。


君の現世カジュちゃんが交代するとは意外だな」

前世わたしの方が歌唱技術があるからって言ってたわ」


 カジュちゃんも、前世が生きた世界なら、前世の人格と技術がある方がいいと思ったらしい。

 女の子たちは自らの今後を冷静に考える強さがあるな。

 俺なんかただ妻子を残して消えるのが嫌で記憶と心を保存していたのに。


「イオはここにも来た?」

「ええ。アサギリ島の花で作った花冠をくれたわ」


 ローズもイオと友好関係にあるようだ。

 俺は未だ避けられていて、会いに来てくれたことなんて1度も無いぞ。

 間違ってアズと呼びそうになるのが嫌なんだろうか?


「ローズは、イオを見てもアズと間違えたりしない?」

「初めて来てくれたときは間違えたわ。アズの服を着ていたせいもあるけど、雰囲気がそっくりなんだもの」


 やっぱりね。

 イオは容姿だけじゃなく、仕草とか笑い方もアズにそっくりだ。

 アズを知る者なら間違える筈。


「多分、本質は同じなんだと思うわ」

「うん。そうかもしれない」


 ローズの言葉が、心に染みる。

 イオはアズと魂を同じくする者。

 記憶はなくても、人格は違っても、根っこのところは同じなのかな。


 俺はエアの店で買った【喉ひんやりキャンディ】をローズに贈り、アスカ王国を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る