第45話:白紙の手紙

 夕飯後、俺は現世モチの記憶を参考に、イオを先に風呂へ入らせた。

 そうしないと彼は寝落ちて風呂に入り損ねるから。

 でも、今日は【いつも】と違うようだ。

 後から入浴を済ませた俺が子供部屋へ行くと、青い髪の子供は起きていた。

 机に向かっていて、白紙を前に羽根ペンを弄んでいる。


「あれ? 寝てなかったのか?」

「うん。眠れなくて」


 声をかけたら、彼が言うとは思えない台詞が返ってくる。

 布団に入ったら(入らなくても横になれば)3秒で寝落ちる奴の言葉とは思えない返事だ。

 現世モチの人格なら、具合でも悪いのかと心配するところだろう。


 寝つきの良い者が眠れない?

 つまりそれは、睡眠を妨げるほどの精神的ストレスがかかってるってことだろう。

 完全回避があるから健康を害することはないけどな。


「……ごめんな……俺だけが前世に戻って……」


 自然と、そんな言葉が出た。

 イオは何も言わず、少し困ったように微笑んだ。

 それはジャパニーズスマイルというやつで、本心を隠す仮面だと現世モチの記憶が告げる。

 俺は変身魔法を解除して6歳児の姿に戻り、イオの手を引いてベッドに入らせた。


「眠れなくても、横になって身体は休めた方がいいぞ」

「って、どうしてエカも入ってくるの?」

「どうせ俺は夜中にこっちへ来ちまうからな」

「それ、前世の癖だったのか」


 夜の生存確認後、イオに抱きついて寝てしまうのを、現世モチはトイレに起きた後に間違って入ったことにしていた。

 俺に夜尿症など無いけど、そのまま誤解させておこう。


 本当は、アズの最期の姿が心に焼き付いていて、不安でたまらないんだ。

 現世モチには途中までしか見せなかったあの夢は、アズの死に繋がっている。


 あの日、飛び出して行った不死鳥ルビイを追いかけて行った場所。

 そこは世界樹の根元で、既に事切れたアズがいたんだ。

 グッタリと喉を反らせた彼は、息子ルイの腕の中で静かに息を引き取っていた。

 怪我でもなく、病気でもなく、異世界転生させるために神様が魂を抜き取ったことによる命の終わり。

 神の力に不死鳥の力が敵うわけがなく、ルビイがどんなに力を使っても、アズが息を吹き返す事は無かった。


 20年経った今、アズの魂はあるのに、記憶と心を持たぬ転生者がそこにいる。


 ……アズ、どうして還らないんだ……?


 俺は転生者イオを抱き締めて、泣くことしかできなかった。


 両親や俺の哀しみは、イオにとっては重かったんだろう。

 その夜、彼は家を出ていってしまった。

 イオを抱き締めていた筈の腕の中が、急に空っぽになったのは、加速魔法を使ったのか。

 ピッタリくっついていた俺にすら気付かせずに、イオは消えた。

 「セレスト家の皆様へ」とだけ書いてある、本文は白紙の紙と羽根ペンを机に置いて……。

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