第38話:前世の両親★

 【父さん】は俺たちを抱き締めたまま、放そうとしない。

 俺とイオの日本人として生きた年数が、この世界での死後の年月になるとしたら、20年ぶりの再会だ。

 まだ若かった息子を2人同時に亡くした親の気持ちは、計り知れない。


「エカとアズはお父さんが迎えに来たから、そのまま家へ向かうといいニャン」


 ナムロ国王は、ここに来て初めて俺たちをセカンドネームで呼んだ。

 世界樹の民にとって、ファーストネームは創造神かみさまが魂に付ける名前、セカンドネームが両親からもらう名前らしい。

 それで、俺はセカンドネームのエカルラートからエカの名で、イオはアズールからアズの名で呼ばれた。


「ジャス、子供たちはまだ記憶が戻ってない。家で詳しく話してやってほしいニャ」

「分った」


 ジャスと呼ばれた赤毛の男性は、抱き締めていた腕を解いて、左右の手を俺たちと繋ぐ。

 江原と女の子たちは、王様に連れられて村の奥へと歩いて行った。


「行こう。母さんもずっと待っているよ」


 優しく声をかけて、俺たちの手を引いて歩き出す【父さん】。

 イオが不思議そうに、でも嬉しそうに手を繋ぎながら、その顔を見上げる。

 日本での俺たちの親は、どちらも育児放棄状態で、父親と手を繋いだ記憶が無かった。

 イオは3歳頃に両親が離婚、どちらも引き取りたがらず祖父母の里子になったという。

 俺は小さい頃に母親が出て行き、父親もコンビニ弁当などを買い与える以外は関わろうとしなかった。


 だから、凄く嬉しかった。

 こんなにも、俺たちの帰りを喜んでくれる家族がいるということが。


 手を引かれて案内されたその家は、木造の質素な建物だった。

 ログハウスに似た、丸木を組んだ建物。

 それがこの村の一般的な家屋らしい。


「フィラ! 子供たちが帰って来たぞ!」

「やっと帰って来たのね!」


【父さん】が呼びかける。

 バタバタと足音を立てながら急いで出て来たのは、イオと同じ青い髪の女性。

 玄関前で、また2人まとめて抱き締められた。


「「ただいま。母さん」」


 また俺たちはハモって、その人を【母さん】と呼ぶ。

 俺の中の人が、さっきからずっと心を揺さぶりっぱなしだ。


「フィラ、子供たちはまだ記憶が戻ってないそうだ」

「そうなの? 母さんと呼んでくれたから記憶は戻ってると思ったのに……」

「ああ。だから教えてあげないといけない。エカとアズが異世界へ転生したワケを」


 記憶が無いと聞いて、【母さん】は寂しそうな顔をした。

【父さん】と【母さん】は俺たちを居間へ案内して、お茶を出してくれた。


 早く前世の記憶を取り戻したい。

 断片的な夢だけじゃなく。


「何から話せばいいのかな…。この森に居た記憶は全く無いのかい?」

「懐かしい感じはするんですが、前世の事は分かりません」

「そうか。でもナムロ様がこの森へ連れて来たという事は、目的は達成したんだね」

「俺たち、何か目的があって転生したんですか?」


 転生前の記憶が無い俺たちに、【父さん】は教えてくれた。



 地球へ逃げた蛇将軍の悪事を防ぐ為、創世神かみさまは当初、トゥッティを滅ぼそうと考えた。

 異世界(地球)に行った魔族の生死に直接干渉出来ない神は、世界樹の勇者たちを討伐に向かわせる。

 当代の勇者は、エカルラートとアズール。

 サポート役として聖女たちも送られた。


 世界樹の民の身体では地球の環境で生存出来ない為、神は彼等を転生という形で送り出した。

 転生で記憶を失う代わりに、神が与えた【運命】の力で、勇者たちは人間に憑依した蛇将軍が潜む会社に入社する。

 蛇将軍と出会えば、運命の力に導かれ、敵と認識して戦闘になる筈だった。

 しかしその前に、魔王による集団転移が行われてしまう。

 プルミエタウンの765名一斉転移は、魔王の力によるものだった。

 その際に、俺たちには【前世返り】の秘術が使われ、前世の6歳頃の身体に変化した。

 しかし精神は地球で生活した期間のもので、こちらでの記憶は名前のみという状態だ。



「神はお前たちの記憶は戻らないだろうと言っていたから、今の状態は予想通りなのだけどね」

「だけど私たちを見て懐かしいと感じてくれた、父さん母さんと呼んでくれた。それならいつか、記憶も戻るかもしれないって私たちは思ってるわ」


【父さん】と【母さん】が、俺たちに向ける微笑みが切ない。

 俺の中の人、記憶を解放してくれないかな?



※キャライメージ画像:セレスト家

https://kakuyomu.jp/users/BIRD2023/news/16818093072889093364

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