第37話:世界樹の森と民★

 ───昔々、創世神かみさまは、不毛の地に1粒の種を落とした。

 そこは、愚かなニンゲンが戦争を起こし、焼き尽くして全ての生き物が消えた場所。


 ……再び生命いのちが生まれるように……


 創世神かみさまは、再生と浄化の力を、その種に与える。

 種は芽吹き、根や枝葉をのばし、枝から気根を垂らして新たな木を作ってゆく。

 とても長い時代ときをかけて、1粒の種は森を創った。

 神はその木を世界樹と名付けた。


 不毛の地には、滅びたニンゲンの悪意と、滅びの兵器の毒が残っていた。

 世界樹は悪意と毒を大地から取り除き、1つの黒い果実に変える。

 神はそれをもぎ取り、ニンゲンに似せた姿の魔王に変えた。


 ……この悪意と毒を、打ち消すものを創ろう……


 そして神は、魔王を倒す種族を創る。

 ニンゲンに似た姿をしつつも、ニンゲンではない存在。

 千年の時を生きる、その種族は世界樹の民…───


   アサケ学園禁書【はじまりの書】より



 ◇◆◇◆◇



 イオから借りて読んだ本の内容が、記憶の底から浮上する。

 その風景を見た途端に、懐かしさと切なさが込み上げた。


 やっと帰ってこれた……

 ……ここは、ずっと帰りたかった場所だ!


 初めて見る風景なのに。

 そんなことを思うのは、俺ではなくて中の人の感情なんだろう。


 蒼天の下にあるのは、広大な深緑の樹海。

 見渡す限り緑の森が広がっていて、その向こうには地平線が見えた。

 心地よい風が吹き、枝から離れた木の葉が空へと舞い上がる。

 転送陣ゲートを通り抜けた先は、世界樹の森と呼ばれる場所だった。


「凄い、四季の森よりも広いですね」

「ここは、転生者たちが前世で生まれ育った場所ニャン」

「不思議……この風景を見てると、心の奥がジワッとするの」

「前世の記憶なんて無いのに、懐かしいって感じるね」


 江原がその広さに感動して言う。

 ドナベのふちに顎を乗せて眼下の風景を眺めながら、三毛猫国王が言う。

 女の子たちもドナベの中から顔を出して、下を眺めながら話している。


 心の中に泉のように湧き出る感情が抑えきれないものになり、涙で視界がぼやける。

 頬を次々に伝う涙を、止めることができない。

 視線を感じて振り向いたら、並んで飛翔する青い鳥の背に乗るイオがこちらを見て、苦笑しながら涙を流していた。


 イオにも、中の人がいるのだろうか?

 俺と同じで、前世の夢を見たりしたことがあるのか?

 双子なら、ありえるよな。

 朝まで爆睡の奴でも、夢は見るだろうし。


「そろそろ下へ降りるニャン」


 三毛猫国王が乗るドナベと、女子たちが乗るドナベが、揃って下降し始める。

 UFOの着陸みたいにスーッと滑らかにゆっくりと下降するドナベに、召喚獣に乗る3人が続いた。



 森の中の村は、世界樹の里というそうだ。

 畑で作業をしていた人々が、降りて来る一行に気付いて駆け寄って来る。

 人々はみんな長身で細身、顔立ちはやや中性的で美しく、北方人種のように色素の薄い肌、髪と瞳の色は様々だ。

 禁書には「千年の寿命をもつ種族」みたいなことが書いてあったから、創作界隈でいうところのエルフに似た存在なのかもしれない。


「ナムロ様、お久しぶりです」

「何年振りですかな?」


 ナムロというのは、三毛猫国王の名前?

 パパとか陛下とか王様とか呼ばれていて、名前呼びを聞いたのは今が初めてだな。

 集まって来た人々は、一緒にいる俺たちの存在に気付いて視線を向けた。


「君たちは異世界人か?」

「そっちの黒髪の子は日本人かな?」


 江原にも視線が向く。

 隣にいる天馬ペガサスがチラッと主の髪を見て、鼻づらを近付けるとフンッと鼻息をかけた。

 途端に、江原の髪が天馬ペガサスの毛並みと同じ白色に、その瞳も同じ水色に変わる。

 そういや、召喚獣をもつと髪や瞳の色が変わるんだっけ。


「……あぁ……無駄に目立つから隠してたのに……」

「さすが転移者」

「神話級の召喚獣とは凄いな」


 勝手に色を変えられた江原が困り顔になる。

 天馬ペガサスとお揃いカラーになった江原を見て、人々がどよめいた。


「そっちの2人は不死鳥フェニックス福音鳥ハピネスか」

「ジャシンスとネモフィラみたいだな」

「そういえばあの家の子供たちと顔が似てるな」

「今日はこの子たちと会わせたい人たちがいるから来たニャン」


 里の人々と王様の会話を聞きながら、俺の中の人がまた心を揺さぶる。

 ジャシンス、ネモフィラ……

 会話に出てきた名前に反応したようだ。


「まずは里長に挨拶ニャ」


 と言う王様について移動しかけたその時、ドサッと何か荷物を落としたような音がした。

 何だろう? と思って一同が振り向いた先には、鮮やかな赤色の髪をした男性がいた。

 俺と同じ、炎を思わせる赤毛に真紅の瞳。


「……エカ……、……アズ……」

「ジャス、いいところに……」


 その人は、俺とイオを交互に見て、涙を流しながら呼びかける。

 ナムロ国王が言いかけたところで、赤毛の男性はダッシュで駆け寄って来た。


「帰って来たのか!」

「「……父さん……」」


 ジャスと呼ばれた男性は、涙を流しながら俺とイオを2人まとめて抱き締める。

 その腕の中で、俺たちはハモった。

 自然に出た言葉は、きっと前世の影響が強かったに違いない。



※イメージ画像5

https://kakuyomu.jp/users/BIRD2023/news/16818093074351680612

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る