第24話:世界樹の民と双子の勇者

 放課後。

 イオは禁書閲覧室へ出かけて、1冊の本を持ち帰った。


「モチ、これ読んでみて」


 差し出された本は、黒い布張り表紙に金文字でタイトルが書いてある。

 その内容を読んだ途端、心の奥底にあるものが強く反応した。



 ◇◆◇◆◇



 ───海の向こう、世界の果て

 隠された地に、世界樹は根を下ろす

 根を張り、枝を広げ、1つの木は森に変わる

 その森を守るのは、千年の時を生きる者たち

 それは、神が創りし世界樹の民


 世界樹の民は猫人ネコの時代の守り人

 猫人ネコの世界を守護する役目を神に与えられた一族


 邪悪が世界を脅かす時、世界樹の民に双子が生まれる

 双子はそれぞれ異なる力を持ち、邪悪を滅ぼす勇者となる───



 近年で活躍した双子はセレスト兄弟。

 赤い髪は爆裂の勇者、モチ・エカルラート・セレスト。

 青い髪は回避の勇者、イオ・アズール・セレスト。


 モチは高火力の魔法を使い、敵を殲滅する。

 魔王との戦いでは気付かれないように接近、自爆魔法を使用して消滅させた。

 不死鳥フェニックス主人マスター


 イオは完全なる回避で敵を翻弄する。

 魔王との戦いでは前衛で注意を向けさせ、魔王がモチを攻撃しないように護っていた。

 福音鳥ハピネス主人マスター



 ◇◆◇◆◇



 セレスト兄弟に関する内容で、魔王との戦いの部分に、心の奥底にあるものが異を唱える。

 それは事実と違うのだと俺は察した。

 真実が何かは、分からないけどな。


「モチ、日本に居た時のフルネーム覚えてる?」


 本の内容に俺(の中の奴)が動揺して、しばらく固まっていたらイオが訊いた。

 おいおい何を訊くんだよ。

 そんなの覚えているに決まってるじゃないか。


「自分のフルネーム言ってみて?」

「モチ・エカルラート・セレスト」


 しかし、問いかけられて俺が答えた名前は、日本人のものではない。

 俺は、日本人としてのフルネームを完全に忘れ去っている事に気付いた。



 その夜、俺は以前と同じ夢を見た。

 今回は、もうこれは間違いなく前世の夢だろって思いながら。


 大樹の根元に集うのは、それぞれ髪の色が異なる5人の男女。

 赤い髪の青年が、禁書に載っているモチ・エカルラート・セレストだろう。

 隣にいる青い髪の青年が、イオ・アズール・セレストだな。

 今回は俺の視点は俯瞰するような感じで、5人全員が見えた。

 水色の髪の女性、あれは妹ちゃんの前世だな。

 その隣にいる桃色の髪の女性は、カジュちゃんの前世だろう。

 もう1人いる銀髪の美女は、誰だかよく分からない。


 夢の中の場面が切り替わる。

 その家は多分、モチ・エカルラート・セレストとその妻子が住んでいた場所だ。

 懐かしさと切なさを感じるのは、もしかしたら妻子を残して死んだのかもしれない。

 泣き出す赤子は、息子だろうか。

 妻と思われる女性の手から飛び出すのは、彼女の召喚獣か。

 赤と金の色彩を持つ大きな鳥が不死鳥だと、今は分かる。

 その鳥が、慌てて飛んでゆく先にあるものは何……?



 夢はそこで途切れて、俺は飛び起きる。

 それはまるで、俺の中にいる者が、その先を見ることを拒むかのようだ。

 夢の続きに何があるんだろう?


 同じ本を読んだ筈のイオは、夢など見ていないかのように爆睡している。

 強い不安を感じる俺は、隣のベッドにフラフラと歩み寄った。

 謎の日課、イオの生存確認なら、寝る前に済ませているのに。

 寝てるだけだと分かっているのに、胸に耳を当てて鼓動を確かめる。

 ちゃんと生きてるだろ? そんなに心配すんなよ。

 聞こえるかどうかは知らないけど、俺は自分の中の人に心の中で囁いた。

 中の人はそれでも不安なのか、布団の中に潜り込んでイオを抱き締めた。

 イオが爆睡大王で良かった。全く気付かずにスヤスヤ寝ているぞ。


 前回はしばらくイオを抱き締めていたら落ち着いたのに、今回はなかなか落ち着かない。

 落ち着く頃には俺が寝落ちてしまい、そのまま添い寝で朝を迎えた。



 翌朝。

 イオが先に目覚めて、添い寝している俺に気付いた。


「あれ? モチお前、なんでこっちに寝てるの?」

「……ん? あれ~? なんでだろう?」


 イオに訊かれて、俺はとぼけて答えた。

 本当のことは言えない。中の人が拒否している。


「あ~分かった。夜中にトイレに行った後、戻る場所を間違えたな」

「うん、そうかも」


 イオは俺がやらかしそうなことを予想してくれた。

 ちょうどいいので、そういうことにしておこう。


「まあ、トイレの床で寝ちゃうよりはいいよな」


 笑って言うイオは、俺が抱きついて寝ていたことは気にしていない。

 プルミエタウンで暮らしていた頃は、徹夜明けに1つのベッドで一緒に寝てたからな。

 着替えて朝食をとりに行く頃には、俺もイオも添い寝の件は脳内から消えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る