第22話:イオの身体強化魔法

 ミノタウロス狩りを、あっさりクリアした後。


「イオは身体強化魔法が使えるんだよね?」

「うん」

「その中に命中率を上げるものはある?」

「あるよ」

「じゃあ時間余ってるし、ちょっと試しに行こうよ」


 先日、イオが倒した黒ポークを見た時に、身体強化を使ったと察したらしいチッチ。

 イオも隠す気は無いようで、頷いている。

 チッチは、イオの身体強化を使って、何かを試したいようだ。


 そんなチッチの案内で、行ってみたのは【夏夜の夢】という名のダンジョン。

 そこには【夢幻種】という、そのダンジョン限定の珍しい生き物がいるという。


「昨日ここで怪我をしてる動物を見かけて、うちの学部で保護しようとしてるんだけど、捕獲アイテムを投げても回避されちゃって……」


 チッチが事情を話しつつ、ベルトポーチからピンポン玉くらいの丸い透明な玉を出してイオに渡す。


「つまり、これを夢幻種に投げて捕獲を試したらいいのかな?」

「うん」


 受け取ったイオが聞くと、チッチは頷いた。

 なんか大昔のアニメにあったような? ボール投げて魔物を捕まえるやつ。


「本番前に、他の個体で夢幻種の回避がどれくらいなのか試してみてもいい?」

「そうだね、その方がいいと思う」


 イオとチッチが話しながら洞窟を進む。

 俺はその後ろを歩きながら、夏夜の夢ダンジョンを見学した。

 通路は、左右の岩壁に光る石がくっついていて、ほんのり明るい。

 やがて前方に真っ白いウサギ(?)が現れた。

 ウサギみたいな生き物は、背中に鳥のような翼と、額に1本の小さいツノがはえている。

 地球のウサギよりも大きな瞳は、虹のような7色が混じっていた。


「あの瞳が夢幻種の特徴だよ」


 ウサギに見惚れるイオに、チッチが説明した。

 虹色の瞳が、この種だと分かる目印らしい。


「試しに、みんなで投げてみよう」


 チッチがベルトポーチから捕獲玉をもう1つ取り出して、俺にも貸してくれた。


 3人で一斉に投げてみると、フイッと避けられた。

 おまけに、もの凄い速さで走り去ってしまった。

 まるで、はぐ〇メタ〇のようだ。


「ね?」


 呆然とする俺たちに、チッチが苦笑して言う。


「当たらない上に逃げちゃうんだね」

「うん」


 更に進むと、また夢幻ウサギが現れた。

 今度は数匹の群れになっている。

 普通に投げても当たらないことは分ったので、次は強化魔法を試すようだ。


水神の必中ティアマト!」


 イオの起動言語キーワードに応じて出現したのは、水で出来た龍。

 水の龍は3人を囲むように旋回した後、3つの水の玉に変わって身体に吸い込まれた。

 スッと気持ちが冷静になった感じがする。

 イオがその魔法を使うところを見るのは初めての筈なのに、心の奥底に懐かしく感じる気持ちがあった。

 多分この魔法も、前世関連なんだろう。


「じゃあ、投げてみよう」

「俺はアイツ狙い」

「僕はあっち」


 3人それぞれ狙う対象を決めて投げてみると、3匹捕獲成功!

 透明な玉の中、驚きのあまり固まっている夢幻ウサギが入っている。

 残りのウサギは、猛スピードで逃げ去った。


「せっかく捕獲したからデータ記録しておこう」


 捕獲玉に入った夢幻ウサギをしばし見つめた後、チッチが背負っていたカバンから記録用の魔道具を取り出した。

 チッチは異世界転移者ではないので、異空間倉庫ストレージは持っていない。

 取り出した記録用の魔道具は、捕獲玉を嵌め込めるようになっていた。

 表紙に捕獲玉を嵌め込んで、中に入っている生き物の全データを読み込む便利品だ。


 本を模した魔道具。

 その1ページに身体の大きさ、色合い、性別や年齢、生息区域、餌として食べている物など、図鑑に記載されるような内容が記録された。


 データ登録を済ませた後、捕獲玉の夢幻ウサギたちはリリースする事になった。

 捕まる前はめちゃくちゃ逃げ足が速かったくせに、捕まったら固まっている3匹。

 7つの色を持つ瞳をまん丸に見開いて、真っ白い身体と背中の鳥みたいな翼はピタッと動きを止めている。


「ウサギ、地球産のなら、ここを撫でると喜ぶんだけどな」


 捕獲玉から出しても動こうとしない夢幻ウサギの額を、イオが指先で撫で始める。

 そこにはウサギの耳の半分くらいの長さの三角錐型をした白いツノがある。

 そのツノの根元付近をイオが掻いてやると、ウサギは気持ちよさそうに目を閉じた。


「気持ちいいのかな?」

「ウサギのツボ?」


 チッチと俺も真似して、捕獲玉から出したウサギを撫で始める。

 ダンジョンの中で3人揃ってウンコ座りして、ウサギを撫でるモフモフ癒しタイムだ。


「っと、あんまりゆっくりしてられないな」


 チッチがハッと我に返ったように言った。

 撫でる手が離れたら、ウサギはパチッと目を開けた。


「捕まえてゴメンね、もう逃げていいよ」


 優しい声で言って、チッチが立ち上がりウサギから離れる。

 ちょっと名残惜しく感じつつ、俺たちはウサギから離れてダンジョンの奥へ向かった。

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