小説家は労働者ではない
知っている人は知っている、常識的なお話で、かつ、つまらない話をひとつ。
小説家としてのデビューを模索している人に遭遇して、意見交換したことは何度もあるのだけど、ときどき、明らかに間違った考えに囚われた人に出会う。
「デビューさえできればこっちのもの」
そんなことを言い出す人だ。
オイオイオイオイと私はツッコミを入れたくなる。
大企業への就職を目指す人が「入社できればこっちのもの」と言い出すなら、少しはわかる。だが小説家としてのデビューを目指す人が言うセリフではない。
何がどう「こっちのもの」なのか。デビューは確かに大変かもしれないけど、最大の難関というわけではない。
小説家や漫画家は、デビューした後が大変なのだ。
小説を一冊出したとする。
そこから作者の懐に入ってくるお金がいくらぐらいになるか?
その答えは、印税の率と部数にもよるけど、だいたい60~80万円といわれる。色んな作家が同じテーマで、だいたい同じ答えに行きついている。この数字が妥当な線だろう。
会社員の一般的な年収を300~400万円とすると、1年に5冊くらい書かないと、対等にならない。しかも、年金や社会保障費などは、会社員の場合は勤め先の企業が何割か出してくれる。これが小説家だと、全額自分で払わないといけないのだ。
今、さらっと「1年に5冊」といったが、こんな速筆で小説が書けるかという疑問はさておき、仮に書けたとして、担当編集者ならびに出版社が、刊行を許してくれるかどうかという問題がある。
紙の書籍だと返本による損失がある。
日本には再販制度があるので、全国どこでも書籍は定価で販売される。本屋は売れなかった本を返本できるので、最小限のリスクで多種多様な本を取りそろえることができる。
だが、出版社と著者にとって、返本は頭の痛い問題である。概して、発行した書籍のうち3割5分くらいが返本されるという。つまり100冊の本を書店に届けても、売れるのは65冊前後で、返本された35冊は利益にならない。
首尾よく小説を書籍化したはいいけれど、返本率が高かったりすれば、出版社はあっさりと刊行を諦める。つまり、打ち切りになるか、返本が発生しない電子書籍のみの発行となる。
出版社は商売で本を作っているわけで「コイツは売れないな」と判断されてしまった小説家は、本を出させてもらえなくなるのだ。最悪、収入ゼロとなる。
安定を考えれば、圧倒的に会社員の方がマシである。
会社員は、会社の規模にもよるけど基本的に昇給する。正社員であれば、簡単に首を切られる心配はない。歳をとればとるほど、収入が上がるのが普通である。
対して小説家や漫画家は、労働者ではない。個人事業主である。出版社が面倒を見てやる義務などないから、常に仕事が尽きる心配をしなければいけない。
小説家、漫画家という仕事は、確かに一発当てれば大きい。
アニメ化など、メディア展開されれば、相乗効果で売り上げが伸びて年収ン千万円も夢じゃない。映像化作品が海外配信でもされれば、もっと儲かる。
だが忘れないでほしい。前回触れたとおり、人は年老いていく。
漫画家は特に顕著だが、20代30代の若いころに作った作品の売り上げを、大概の作家は超えることができない。
「デビューできればこっちのもの」なんて、そんな楽観的な見方が許されるような世界ではない。
プロの小説家を目指すか、あくまでも趣味で済ませるか、悩んでいる人もいるかもしれないが、まずは、この現実を知ってからでも遅くはないだろう。
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