ティータイム/バレッツタイム

生來 哲学

ささくれ立った心にはコーヒーが一番

 俺には三分以内に終わらせなければならないことがある。

 この香りの豊かなコーヒーを味わい尽くすことだ。

 連日の全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れによる破壊報道で世間の人々の心は千々に乱れている。

 そんな時は一杯の珈琲に癒やされるに限る。

 今俺の心は――。


ぷぁぁぁぁぁぁぁ、ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトンガタン


「この店の唯一の欠点は、走る箱がうるさいことだな」

「だっさ。普通に電車って言いなよ。格好つけてるつもり」

 対面に座る白いコートに黒い長髪の美女が冷たい目線を投げかけてくる。

 ここは喫茶トレイントレイ。知る人ぞ知るコーヒーの名店なのだが、線路の側にあるせいでとてもうるさい。

 だがそれを乗り越えてこの店にやってくる客に悪い奴は居ない。

 ――だが残念だ。それを殺さないといけねぇってな。

「あなた、三流でしょ」

 相席している態度の悪い美女の呆れた声。

「そんなこと言ったら、お前も三流だな」

 この店に訪れたのはこの美女とほぼ同時だった。名前も知らない初対面の女だ。

 だが、席に座ろうとしたときに、同じ席を取り合い、罵り合い、頑なに譲らなかったので最終的に店のマスターに相席するか出て行くかの二択を迫られ、俺たちは嫌々相席することになった。

「だいたいバレバレすぎるのよ。あなたの職業、当ててあげようか?」

「は? そんなこと言ったらテメーの方がバレバレだろ。なんだそのこれ見よがしな白いコート。職業言い当ててやるぞ?」

「はぁ?」

「あぁん?」

 よく分からない言い合いから何故か互いににらみ合う。

「……コーヒーのお代わりは?」

「貰う!」「貰うわよ」

 横を通り過ぎた喫茶店のマスターの問いかけに俺たちの言葉が重なる。

 ――流石におかしい。

 初対面なのに変に息が合う。

 こういう時は生き別れの兄妹か――はたまた。

「さては同じ流派だな」

「……そうみたいね。同門対決ってところかしら」

 考えることは同じ。ということは、似たような教育を受け、似たような思考を叩き込まれている。

 そんな俺たちの仕事は――。

カランコロン

 喫茶トレイントレイへ新たな客がやってくる。

 身長190cmを越える強面のガタイのいい黒コートのサングラス男。

 男が身長の割に静かな足音で喫茶店の座席へ向かおうとしたその時――。

「「おっと」」

「そこまでだ」「そこまでよ」

 俺と白コートの女が同時に動いた。

 と同時に黒コートのグラサン男も振り向く。



「――俺は新居の内見の帰りなんだ。ゆっくりさせて欲しい」

「あんたの新居はもう決まってる。つまり――あの世だ」

「だっさ。悪いけど二人ともあの世行きだからね」



 三者三様ににらみ合う。

 この俺ことトレンチコートの男、黒コートの男、白コートの女。

 全員が両手に拳銃を持ち、全員が他の二人に銃を突きつけていた。

 店のマスターはカウンターの奥で我関せずにコーヒーの豆を煎っている。


「……ったく、やっぱり殺し屋かよ、被り女」

「わかりきってることを口にしないで。バカが感染する」

「夫婦喧嘩をするなら帰ってやってくれないか」

「「そんなんじゃない!」」

 黒コートのツッコミに俺と女殺し屋の声がハモる。

 このしゃべり方のタイミング、行動パターン、やはり師匠が同じなのだろう。殺し屋業界は徒弟制も多い。同じ師匠につけば、似たような行動になることもしばしばだ。

 三者が共に銃を突きつけ合いながら、しかし動くことも出来ず好著状態が続く。

「一つ提案なんだが」

「共闘でしょ。お断り」

「報酬が半分になるから?」

「その通り」

「言うと思った」

 ターゲットの黒コートを前にして俺と女殺し屋の交渉はあっさりと決裂する。

「だいたい、途中で裏切るでしょ?」

「よく知ってるな」

「ならもう競争しかないわね」

「…………俺は何を見せられてるんだ」

 拳銃を突きつけ合いながら共闘と裏切りの話をする俺たちにターゲットの男が流石に困惑する。まあこんなに馴れ馴れしい二人組が居たら仲間と思われても仕方ない。

「ダブルブッキングだよ。見りゃ分かるだろ」

「殺し屋業界も意外と狭いわね。もっと減らすべきよ」

「その意見には同意だな。いまここで一人減るべきだ」

「そうね。最低でも今日は一人減る予定だものね」

「……悪いが、今日死ぬ殺し屋は二人だ」

 俺と女の会話にターゲットの黒コートがため息をつく。

 だが誰も引き金を引かない。

 にらみ合ったまま、時間が過ぎる。

 にらみ合う俺たちの横を喫茶店のマスターがとことこと横切り、俺と女殺し屋の席にコーヒーのお代わりを入れ、そのままカウンターに戻った。

 そのままあろうカウンターの奥で新聞紙を拡げてのんびりし始めた。

 俺たちの席に入れられたコーヒーのお代わりの匂いが立ちこめ、俺たちの鼻孔をくすぐった。

「……今日は何もなかったことにしてコーヒーを飲まないか」

「やだね」「いやよ」

「……お前らもう付き合えよ」

 再びターゲットがため息をついた時――かーんかーんかーんと遠くで踏切の音がした。

 俺と女殺し屋に緊張が走り、やや遅れてターゲットの男が全てを察した。

 決着の時は近い。

 この喫茶店の唯一の欠点。

 それは線路の側にあること。

 おかげで電車が通り過ぎる度に何も聞こえなくなる。

 そう――銃声ですら。


ぷぁぁぁぁぁぁぁ


 遠くから電車の警笛が聞こえる。踏切通過の合図。

 そして――俺たちは同時に動いた。


ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトンガタン


 狭い店内に電車の音が鳴り響くと共にターゲットの男が俺たちに四発の弾丸を打ち込まれて倒れる。ターゲットの男は裏社会の人間だが所詮ただの暴力団幹部なので殺し屋の早撃ちについてこれるはずがない。


ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトンガタン


 ターゲットが撃たれた瞬間に引いた引き金による銃弾を俺と女は同時に回避し、互いに向けて両の手の銃弾をありったけ撃ち込む。

 銃声と電車の駆動音がけたたましく店内に響く。

 互いに銃弾を放ちながら前へ、前へ、前へ。


ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトンガタン


 再び店内に静寂が訪れていた。

 俺の額に女の銃口が、女の額に俺の銃口が当てられている。

 引き金は引かない。

 引けば周囲の家に銃声が響いてしまう。

「驚いた。まだ生きてる」

「生きてるな。まだ驚いた」

 互いに銃を突きつけ合いながら笑う。次の電車の通過まで再び硬直状態を維持するのかそれとも――なんてこと、考えるだけ馬鹿馬鹿しい。

「ふっふふふ……」

「へっ、へへへ……」

 俺たちはにやけながら引き金を引いた。

 互いの額にカチンっと言う撃鉄の空振りが小さなデコビン代わりに響く。

 次の列車を待つまでもない。銃弾は尽きてる。

「「まさかここまでとはね」」

 俺たちの足下には正面衝突した銃弾達の死体が幾つも転がっていた。

 同じ思考。同じ技量。同じ動き。

 鏡合わせの俺たちの射撃は互いの弾が全て熱烈なキスをして倒れるという奇跡の結末となった。こんなにも変なことが起きたのなら――あまりにもバカバカしく、戦う気すら失せる。

「譲ってやるよ妹弟子。死体はお前の組織が回収しろ」

「オッケー、兄弟子。ありがたく頂くわ」

 妹弟子が掃除屋に連絡する間に俺は自分の席に戻ってコーヒーをすする。

 幸いなことにまだ温かい。

 戦いでささくれ立った俺の心を喉を潤すコーヒーが癒やす。

「あ、そう言えば師匠が――」


ぷぁぁぁぁぁぁぁ、ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトンガタン


 妹弟子が何か言おうとしたが電車の通過音にかき消される。

 どうせろくでもないことなので、すべて無視してコーヒーを味わうことにした。



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