第7話



「そうですね。体調が悪くて、はいそうです。明日も続くなら病院に連れて行こうかと。はい、そうします。では、今日はおやすみなさい」


 俺は母親の電話を切る。突然抜け出したので母親から心配電話だった。唐野にまた何か言われたのではないかと勘繰られたが、きっぱりとそこは違うと言っておいた。

 親からすぐ名前が出てくるあたりは、昔から遠田と唐野は仲は良くないようだ。もし、母親と秋墨さんが出会っていたなら黒い会話が繰り広げられていただろう。

 想像するだけで恐いので考えるのはやめた。


「そんな心配しなくても、明日には戻るよ」

「そんな事言って、熱風邪だったらどうするんですか。」


 俺は佐藤さんに肩を貸して、部屋に戻ってきていた。佐藤さんは部屋に入った途端に、雪崩れ込むようにベッドに倒れた。


「大丈夫、風邪じゃないから」

「どっからそんな自信が湧き出てくるんですか。」


 呆れながら、熱が引かない佐藤さんにタオルで包んだ氷袋を手渡した。

 氷袋を額に当てると、全身の力を抜きゆっくりと目を閉じた。


「それより役に立たなくてごめんな。船に乗るとか調子乗らなきゃ良かった」

「本当にいいですから、ゆっくり寝てください。それにアイツにギャフンと言わせた事は何よりの功績ですよ。誰が何を言おう、俺がスッキリしました」

「なんだそれ」

「だから安心してください」

「ははっ」


 佐藤は力無く笑う。

それなりに時間が経ったが、息が荒く熱は引くことがない。

 苦しそうに上下する胸。緩めたシャツから覗く赤く熟した蒸れた肌に目線が引き寄せらるのは何故だろうか。他人を見たことない興味なのか、好奇心なのか、疑問が渦巻く頭で


 嗚呼、噛みつきたい


って俺は何を考えてる。自己嫌悪に落ち入りながら、邪念を払うように頭を振る。


「なにしろアンタのところは大変だな……あのさ、訊きたいんだけど」

「なっなんですか。」

「今、変な匂いとかするか」

「匂いですか」


 言われて、室内をクンクンと嗅いでみるが、特に変な匂いはしない。強いて言うなら、甘い酒の匂いが香るぐらいだ。

 意識し始めると酔いそうなので嗅ぐのをやめた。


「特に何も」

「それは良かった。臭いのは嫌だからな」

「うん?なんならいい香り……」

「もう、俺は寝るは」

「えっはい、僕はあっちのソファーで寝るのでゆっくりしてください」


 海斗は部屋の向こうを指差す。恋人と名乗ったので、部屋のベッドは一つしかない。

広々としたキングサイズなのだが、流石に数日しか経ってない仲で一緒に寝るのは抵抗感があるので、自ずとソファーとベッドに分かれた。


「嗚呼、ゆっくり寝るよ。おやすみな」

「おやすみなさい」


 明かりを消す海斗は何も知らずに寝室を後にするのだった。


「アンタも俺も未満だな」


 その声も届かないほどに静かな夜だった。

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運命は宙を舞う シカクイホシ @sikakui

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