第6話
年末になるといつも身内でホテルのレストランを貸し切ってのパーティーするのが恒例行事となっている。
『どんな家だよ』と佐藤に突っ込まれながら、何とかして予定を合わせてもらい、悪いけれど、夜のパーティーに出てもらう事になった。
出ないという選択もあったが、また彼奴は失敗したという後ろ指を指されるのは嫌であったが、何よりも母親にアピールしたかったのだ。
パーティーに連れてくるぐらい本気だと言うことを、見せつけて安心させる。上手くいけば、当分はお見合いの話を持ってくることがないだろうと。
「じゃあ、俺は横で黙って飯食ってたら良いんだな」
「うん、それで。たまに誰かが挨拶するかもだけど」
「挨拶ぐらいはするよ」
頭上に大きなシャンデリアに赤いカーペット、いかにもな高級レストランのパーティー会場。僕達は出来るだけ目立たないようにレストランの隅にいた。その部屋の真ん中は老若男女のワイワイと楽しそうなざわめきが聞こえる。
身内だけのパーティー、緊張した様子もなく佐藤は慣れた手つきでネクタイを締める。澄ました顔、格好はこの前とは雰囲気が違い、流していた前髪をかき上げスーツを着こなすクールな大人になっていた。
けれど、白い歯が覗くやんちゃそうな表情は幼さが残っていた。
「そんなに見られると照れんだけど」
指摘されて、少しだけ耳を赤く染めた海斗は中央に視線を戻して、持っていた水のグラスを口に傾けた。
長時間見つめていたつもりは無かったが、思いのほかじっくりと見ていたらしい。
「えっと佐藤さんってこういう事、慣れてるんですね」
「仕事柄、慣れてる。αやΩがいつ、どこで、誰が、ラットとかヒート起こすかなんか予測できないからな。こうやってスーツを着て緊急まで待機が多いんだ」
「へー、なんだか大変そうだ」
「当たり前、突然倒れる人もいるからな」
人を指しては、佐藤は揶揄うように目の前でクルクルと指を操る。
その指を掴んで一緒にグルグルと回ろうかと思ったが、残念ながら佐藤は指を下ろす。
「話聴いてて思ったんだけどさ。あんた……海斗はそのΩ嫌いは精神的ものだと思うよ」
「精神的?」
「Ωは苦手だ。匂いはダメだ。どこかで否定してる意識があるから、発作が起こるんだと思う。だからアンタのαが機能しないとかじゃない。
そんなに心配しなくとも立派なαだし、治るものだと俺は思うから気にするな」
『上手くいかないから困ってるだよな』と不器用に笑う彼は、確証も無い筈なのに自信に満ちた眼差しを向けてきた。
きっと色んな人を助けてきたからこその、勘なのかもしれないし、上辺かもしれない。
それでも、誰かに相談出来なくて自分は不能だと思い詰めていた、心の緊張が少しだけほぐれた。こんな自分いても良いだという安心感だった。
「ありがとうございます。その言葉だけで充分ですよ」
「まぁ、多分だけどな。そんなに思い詰めなくても、俺といるんだから大丈夫だろ」
「あれれ、海斗君来てたんだ」
何が大丈夫なのかと訊く前に邪魔が入った。
嫌味たらしい声共に近づいてくるのは景気が良さそうな靴の音。
振り向かなくても顔が想像できるほどに、頭を重たくさせる相手が話しかけてきた。
似合ってない高飛車な服に身を包み、自慢の髪の毛は横に流して、如何にも俺はイケメンですと主張してくるナルシストは1人しかいない。
「[[rb:古庄 > こしょう]]君こそ来てたんだね。また失敗して海外でも行ってると思った」
「昨日まではね。君と違って、今年は休みが偶然取れてね。皆さんに久しぶりに挨拶でもと思ってね。」
話なんかどうでもいい、そう言うばかりに磨かれた爪を気にする従兄弟。これで女の子にモテるから余計に鼻につく風貌だ。
変わらない歳もあって昔から何かと突っかかってくる従兄弟の唐野 古庄 ( とうの こしょう)とは、相性が良くない。
昔から何かあった訳ではないが、古庄は俺の事が嫌いなようで、会うたびに蔑みの言葉を投げかけてくる。
関わると面倒なので近づきたくない、厄介な人間の1人だ。
「そういや、弱虫の海斗君。また、お見合いやったらしいじゃないか。それで、またお見合い失敗したとか」
「それが何、関係無いでしょ」
「いやいや、あの遠田家の息子さんがお見合いに失敗したと聞いて驚いたんですよ。しかも4回目だとか、いやービックリ。三度目の正直にはならなかったようで」
「別にいいだろ。家と僕は関係ないし、断ったのも僕の判断だ。」
この男に関わると碌な事がない、俺は出来るだけ佐藤さんを背面に隠す。
挨拶しなくてもいいのか?と此方を不思議そうに覗き込む佐藤さん。
「前に出てきちゃ駄目だから」
この男に挨拶させる理由もないし、恋人なんて紹介したその日から目の敵なるのは確実だった。
「そう言えば君が情けなく振られたのもΩだったような。それに、拒否したお見合いの相手は全員Ωだとか」
『偶然なのかな』ネバネバと執念深く、ねっちこく、不穏に片頬を上げ口を歪ませる古庄は、
「例えばαの癖にΩが嫌いとか?」
ど真ん中を言い当て男から海斗は一歩引き、固唾を飲む。
「別にそんな訳じゃ」
「あれ、否定するなんて珍しい。例えばの話だよ、ムキになるなんて真実味が増すな。まさか、優秀なαである君がΩが苦手なんて有り得ない話だけど」
「なにが言いたい」
「もしも、そうなら、遠田家の御曹司が皆なにどう見られるか見ものだなって」
α、アルファと連呼されるとうるさいものだ。地に足がついた頃から言われ続けた言葉は耳が痛くなる。
代々受け継がれてきたこの家では、αであることは誇りであり、威厳である。
それでも家とか、αとか、関係ないと言って跳ね除けることが出来たならどんなに楽なのだろうか。その一言が口から出ないのは根付いたプライドという奴なのか。
人を貶めたい奴はまだ餌が足りないのか口元はニヤニヤと歪み続けていた。
「情けない話を聞いて皆はショック受けるのかな、それとも情けないってまた笑い物なのかな。」
「ウルセェよ」
「はぁ?」
驚いて、海斗は後ろに振り替えるがそこには佐藤はいなかった。
「アルファ、アルファとか関係ねぇよ。αだろうが、情けないところ見せようが、海斗は海斗なんだよ。
αらしく?御曹司らしく?海斗に落ち度があるというなら自分自身のせいだ。いちいちバースを持ち上げて、関係ないこと言いたい放題言うなよ」
「なんだ、君は」
隠していた筈の彼は僕の横に立っていた。
「……決まってんだろ、海斗の恋人だけど!」
佐藤は耳を少しだけ赤くし、息を溜めてから吐き出した。
あっ恥ずかしかったんだ。
「はぁ!?」
古庄の2回目の驚きはレストランに響き渡る。話に夢中だった人達が振り返るほど。
「うそっだろ、あの海斗に恋人がいるわけない!」
「ここに今いるだろうが、俺が見えてるか」
古庄はワナワナ口を大きく開けて人差し指を震わせ目を見開く。
「なんなら、もうイチャイチャ過ぎて困るぐらいダゼ。なぁ海斗」
「えっ……うん」
『恋人』を見せつけるように海斗の腕に抱きつく佐藤は下手な演技で必死にアピールをする。
「じゃなんで今まで黙っていた。おかしいだろ!」
「それは海斗には悪かったけど、俺が黙ってろって言ってからだし、お見合いの件も俺がいたから断ってだけなんだよ、見当違い」
「なっ」
腕を放した佐藤は腰を曲げ大胆に前に出る。
「でお前の言い分なんだっけ?Ω嫌いなα様だったか。残念だった大外れで。あっ、別にお前の事責める気はないから、ただ情けなく無駄な話をべらべらと喋っただけだからな」
「っ貴様!俺誰だと思ってものを言っている。俺は由々しき唐野生まれだぞ。」
「しらねぇよ。人の前で大恥かくような生まれなんて」
「貴様、βだろ!ホモで一つも取り柄がないβが俺に口答えするなんて、分かっているのか」
「流石お偉様は言い当てる。でも、そのホモでただのβに言い負けんじゃねえ若様」
初めて見た、怒りと羞恥心で赤くなった古庄の顔。
2人の口喧嘩に圧倒されている場合ではない、佐藤さんの腕を俺は慌てて引っ張った。
「古庄、やめなさい。往来で大声を上げてみっともない」
俺が仲裁に入る前に、静かで透き通った女性の声が矢を刺すように割り入る。
着物を羽織り、しなやかに歩く妙齢の女性は古庄の母親である。年齢相応を感じさせる目元の皺があるものの、息子と同じくスッキリとした綺麗な顔をしている。
「すみません、お母様」
さっきまでの威圧的な態度はどこへやら。血の気の引いた青い顔で古庄は塞ぎ込むように、秋墨の影に隠れてしまう。
秋墨さんが入った事で、注目していた人達は興味をなくしたかのように視線を逸らし始めた。淡麗な顔をしているのだが、いつ会っても感じる冷たい圧迫は人を黙らせる。
「ごめんなさい。息子が騒ぎ立てて申し訳ないわ」
「いいえ、こちらもすみません。少々、会話が白熱しただけですのでお間違えなく」
「勿論ですわ。ただのお話であって、何もなかったですものね」
うっすらとした笑み。
それだけで、殺されるのではないかという緊張感が海斗の肌を突き刺す。
俺と同じく秋墨さんもαであるが、重厚なオーラはαとしの格が違う。きっと俺なんかが睨まれでもしたら、尻尾を巻いて逃げるのは確実だ。
今も逃げたいが、隣に佐藤さんがいると思うと一歩も引けなかった。
「それにしても、良い相手を見つけたのですね。とっても良い事ですわ」
「あっはい。ありがとうございます」
「お顔もとっても綺麗で、声を張るほど意気が良くて、誰から構わず噛み付くお人はなかなか出会えませんから、大事になさってくださいね」
「いっ」
「では、海斗さん、挨拶はこれで失礼しますわ。良い年を」
「よっ良いお年を……」
頭を下げる秋墨は踵を返すと、古庄を連れて集まりに戻っていく。
「あっ言い忘れてました。リードはしっかりと短く握ってくださいね」
「はっはい」
最後に残していく秋墨の背中を見ながら、海斗は口元を引き攣らせた。
「いい加減、離して欲しいだけど」
海斗はくぐもった声を辿りゆっくりと下を見れば、佐藤を腕の中で囲っていた。
知らずに抱きついていた為か、口も割れないほど密着していた。海斗は自分自身に驚きつつ、直ぐに佐藤を解放する。
「あっ、ごめん!」
「こっちこそ、悪い。こういうこ細工は苦手でさ、協力するって言ったのに騒ぎ過ぎた」
「いいよ、充分だよ。皆んなにもう伝わったと思うし、ありがとう」
解放された佐藤は息が上手くできなかったのか、真っ赤な顔して熱っぽい息を吐くとネクタイを緩め、風通しを良くした。
俺はそんなに強く抱きついていたのか。
「だっ大丈夫!みっ水とかいる。あっちにおしぼりもあるよ」
「アンタが落ち着け。これぐらい椅子に座ってたら大丈夫だ」
どこか落ち着かない彼は、疲れたように横にあった椅子に腰を下ろす。
兎に角、俺は冷たい水を渡す為にグラスを探しに一旦場所を離れた。
大丈夫かなと心配しながら、グラスを確保し戻ってきてみれば佐藤の様子は先程と変わらなかった。それよりか、首元から除く肌は赤く火照り、力無くぐったりとしているように見えた。
酒も飲んでいないのに
「水持ってきたよ、飲める?」
「飲める」
グラスを受け取ると佐藤はグラスを上に向けて水を飲み込みと、中身を直ぐに空にした。
「本当に大丈夫。息が詰まったとしても、火照りようが異常だよ」
「やっぱり異常だよな。汗がさっきから止まんねぇし、こんな事初めてで戸惑ってる。でも、まだいけるけど」
「無理したら駄目だよ。今すぐ部屋に戻ろ」
佐藤に手を差し出す海斗、しかしその手を一向に取ろうとしない佐藤。
「どうしたの、ほら早く、倒れる前に」
「いや、一人で大丈夫。」
佐藤は立ち上がるが、足元がふらつき傾いた身体を支えようと壁に手をついた。
「ほら、一人では無理だよ。手を貸すよ」
見かねた海斗が佐藤の肩を持った瞬間
「ひゃぁっ」
小さく熱っぽい可愛いらしい声が耳を通りすぎた。
俺はその場を呆然と立ち尽くし、横見れば、湯気が出そうなほど顔を真っ赤にした人が恥ずかしそうに口を押さえていた。
「あっあれですよね。僕が突然持ったからびっくりしたんですよね」
「……」
「ほら人って驚けば、そういう事ありますよね」
「……いいから、黙って連れて行け」
「はい」
海斗は黙って佐藤と共に部屋に目指し、佐藤は終始無言で口元を押さえた。
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