第5話

呆れた顔。俺はこの顔を何度見てきたことだろうか。

 

「あんた、馬鹿だろ。絶対馬鹿だろ。」


 目の前に座る佐藤は顎杖をつき、口を酸っぱく窄めるほどに俺を咎めた。

 『はいそうです』と思わず手を上げて言いそうになったがここは抑えて、何度も頭を下げる。


 親に嘘の付き合っている宣言をしてから、邪魔してはいけないと親は気を利かせ2人で話す事になった。部屋にあった椅子と机を借りて、海斗は佐藤に洗いざらい全ての事を吐いた。


 お見合いのこと、母親とした約束、思わず付き合っているという嘘をついた事、全てを投げ出す勢いで正直に答えた。

会話していく中で佐藤の表情といえば、俺の勝手な事情を軽蔑するかのよう目を細めて、『ふーん』と返事をするばかりで身体と共に俺はどんどんと狭くなる。

 

「だから、本当にすみませんでした!たがら付き合ってください」

「どっちの意味だよ、それ」

「どっちも含めてです。数日後に身内だけのパーティーがあるんですけど、身内に恋人紹介があるんです。ホント、この場だけでいいんでーーー僕を助けてください!」


 机に突っ伏したまま海斗は手を合わせて、佐藤にお願いしますと祈願するかのように頼み込む。

 無茶なお願いだと分かっている。ただ棒でも何でもいいから、少しの希望が有るならば縋りたいのだ。

 佐藤は悩ましく眉を顰めてゆっくりと息を吐くと、思案するかのように頬をポリポリと掻いた。


「誰かにこんなにも懇願されたの、初めてなんだけど。というか、この場凌ぎなら俺じゃなくて他にいないのか。例えば、友達とか」

「勿論、考えたけど。作戦を錬る前にその場のノリというか、考えなしというか」

「そこに俺がいたから」

「そうです、焦ってましたごめんなさい。それに、母を騙すには友達とかは直ぐにバレるので、知らない人の方が良かったというか、ごめんなさい」

「咄嗟 だったけど、Ωでもない顔見知りでもない、匂いがしないβの俺が1番良い条件だしな」

「はい、そういうことです」


 言葉の語尾が自然と下がっていくのは、巻き込んでしまった少しの罪悪感と全てを言い当てられる羞恥心からだ。


「どんどん頭が痛くなってきた。あんた本当にαかよ。いつでも堂々としてるものだと、アンタみたいな気が弱いアルファは初めてだ」


 『αっぽくない』何度言われてきた事だろうか。


 佐藤の何気ない言葉にショックを受けた海斗は、机の上で沈むように垂れ、涙で濡らし始めた。


 自分でも分かっている。何事にも動じない、毅然と歩くのがαだ。

 だというのに俺は、お見合いが嫌だからと言って柱に抱きついて泣き喚いて、更にはΩの匂いでぶっ倒れるなんて、αとして失格である。

頼れなくて弱々しくて情けないαなんかに誰も期待しない。

 それでも、親のように立派になろうと努力した。

 けれど理想と現実はそう上手くはいかなくて、好きだった恋人には『思っていたの違う』って言われて呆れられて見捨てられるような人間だ。


「分かってますよ、どうせ僕は惨めで情けないαですよ。中途半端ですよ。

 なんで僕、αなんだろうって何度も思ってますよ。理想と現実からかけ離れてるような男で、Ωの匂いで発作起こすような生態としても無能のαなんですよ。僕はダメダメだ」


 ぐちぐちと泣き言は続き、涙が床に到達しそうであった。

 何も言わない佐藤。きっと、他人のこんな姿を見せられて物凄く呆れているのだろうと海斗は思い詰めて落ち込んだ。


「……かった」

「えっ」


 小さな声で聞き逃した。汚い涙を拭いて今度は聞き逃さないように顔を上げる。


「俺が悪かった。あんたが真剣に悩んでる事なのに過ぎた言葉だった。すまない」 

「えっいや、それほど思い詰めないというか。無理に頼んでる僕が元々悪いし、飽きられるのは当たり前というか気持ち悪いのはいつもですし」

「アンタが情けないのはαとか全く関係ないな」

「結構酷いこと言うよね……」

 

 カラカラと佐藤は気兼ねなく笑う。


「まぁ、俺も人の事言えないし。それより、これからどうすればいいのか。一応、俺にも予定があるから無理かもしれないけど」

「えっ、付き合ってくれるんですか、いいんですか。」


 佐藤はズボンから携帯を取り出し予定を確認する素振りを見せた。無理なお願いを承知してくれた、海斗は嬉しさのあまり机を乗り上げ佐藤に詰め寄る。


「落ち着け、予定によるって言ってるだろ。あともう乗った船だし、降りるまで付き合うよ。」

「あっありがとう。命を助けてくれたのに、更に意味わからないことに付き合ってくれて、礼が言い足りない。めっちゃいい人!」


 目をキラキラと輝かせる海斗は礼を言いながら佐藤の手を握ると上下にぶんぶんと振る。


「わかったから、手を振るな。予定をまず言え」

「うん!貴方で良かった。迷惑かけるけど、僕のこと佐藤さんよろしくね。あと僕の名前は海斗って呼んでよ」

「人の話を聴かないな海斗」


 海斗に圧倒された佐藤の枯れた笑いが飛ぶのだった。

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