第2話
季節は冬、指先が凍えるような寒さの日。
「嫌だっ!」
遠田 海斗 (えんだ かいと)は頭を振って、柱に抱きついた。
「嫌とか無理とかの話じゃないの!もう決まったことだから、さっさと支度して行きますよ」
怒りのまま捲し立てる海斗の母は、柱から引き剥がそうと力強く引っ張るが、負けじと海斗も腕力を込めて離さぬように抱き着いた。
周りにいる人達は『まぁまぁ』と宥めるが、力を緩めることがない海斗と母親。今日、ホテルの一室でお見合いすることになっているのだが、控室で行われる2人の攻防戦はそれどころではなかった。
「そんな事言ったって、無理なものは無理です。絶対に失敗に終わるもん」
「お見合いする前からそんな事言わない。会ってみたら良いかもしれないし、それに今日は財閥のお嬢さんで品がある人よ。
とっても優しい方だから海斗もきっと気にいるはず」
「その言葉何回目ですか!信じて、失敗しているでしょうが」
「αが後ろ向きなことを言わない」
「いやーだ」
素晴らしいと能力を備えたαの海斗のお見合いはこれで4回目なのだ。そして全てのお見合いが破談に終わっているのは、性格の不一致、価値観の違いとかではないのだが、どうしても海斗には譲れないことがあった。
「兎に角、そのお嬢さんには悪いですが帰ってもらってください。あの、あれです、僕には心に決めた人がいるんです」
「分かった」
母親はここから出そうと一層力を込める。
浅はかな思い付きで話したことで気が緩んでいた海斗は思わず、柱から手を離してしまい、母親の勢いに負けて扉の方にどんどんと引きずられていく。
「待ってください母上、ほんとですって」
「本当なら今すぐに連絡してみなさい」
「いっ今仕事で出れなくて」
「嘘はいいですから、恥ずかしい恰好を見出す前に行きますよ」
「本当ですって〜」
嘘なんて通じないと分かっているけれど、最後で抵抗を諦めたく無い海斗だが、母親はお構いなく身支度を整え地獄の道に導こうとする。
「湖摘 (こづみ)さん、少し待ってあげては。海斗もいるって言ってることだし、一日でも待ってあげるのがいいんじゃ無いかな」
もう無理かと諦めかけたその時、地獄の扉から助け舟が入ってきたのだ。
「父上!」
項垂れていた海斗は待ち侘びていた歓喜のあまり起き上がる。
ゆっくりと部屋の中に入ってきた父親は、威厳を感じる堂々とした佇まいであった。周りにいた者は慌てて頭を下げると、2人までの道を作る。
そして、湖摘と呼ばれた海斗の母親は止まり、引っ張っていた手を緩めては、母親は顎に手を添えて、深くため息を吐いた。
「石紀 (いわき)さん毎回嘘に付き合っていたら、時間が足りなくなるは」
「親の私達だからこそ海斗の意見も尊重しなくてはいけないのでは?
それに、選択の余地を与えてあげたい。誰かに言われたからではなく、あの時の私達のように海斗が思うままに選んで欲しいと思っているよ。
あと、嫌々やるなんて彼方にも迷惑がかかるしね」
「……」
見た目は厳格そうな父親は海斗の方に顔を向けるとウィンクを決め、海斗は思わぬ救済者に目をキラキラとさせる。
「分かりました。今日の夜までにそのお相手に電話もしくはここに連れてきてください、それが無理ならお見合いをしてもらいますからね。お相手には悪いですが待たせます。それでいいですか海斗」
「はい、母上」
納得のいかない母親の顔。心中で密かガッポーズをしながら海斗は足を弾ませ重々しかった入口を目指す。
よし、これで少しだけ自由になれる。
「いい案でも見つけておいで」
出る前に父親はこっそりと呟いた。
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