5.新鮮お魚便

 ただのお菓子だけど、任務失敗はなんとしても避けたい。

 慎重にしかしスピードは緩めずに飛んで行かないと、夜になると空は危険なので、日没前には到着したい。


 ひたすら飛んで行く。


 暇だけど、暇でもない。そんなもどかしい気持ちで、ただただ飛んで行く。


 遠くに王都の大きな町がやっと見えてきた。

 ちょっと涙が出そうだ。

 すごく遠くまで飛んで行ったから、もしかしたら戻れないんじゃないかとすら思ったくらいだった。


 そのまま伯爵様の家へ向かう。

 一応貴族の家なので、玄関の外側へ着地する。


 すぐに門番の人が駆け付けてくる。


 荷物をそのまま受け渡せばいいと思っていたのに、どうやら私自身で渡すらしい。

 そのまま伯爵様の前まで連れていかれた。


「よく持ってきてくれた」

「はい、なんとか運んできました」

「よいよい」


 ムースの入った箱を取り出す。


「確かにあの店の箱だな。見覚えがある。懐かしい。まさか王都にいる間にまた見れるとは思わなかった。いやあっぱれ」

「そうですか」


 こういうときなんと返事をすればいいか、まったく分からない。


「一緒に食べよう」

「あの、向こうでもいただいたので」

「美味しくなかったかい?」

「いえ、とっても美味しかったです」

「では、もう一個どうだね」

「はい、では、いただきます」


 伯爵様と奥様と一緒にムースタルトをいただいた。

 やはりとっても美味しい。


「ハルピュイア、翼人族か」

「はい」

「美しい白い翼だね」

「おほめくださり、ありがとうございます」

「孤児院では習わないかもしれないけれど、翼人族はこの国では嘆かわしいことに、過去に弾圧されていてね」

「知りませんでした」

「だから、おおっぴらに生活しているものが皆無なんだ。少ないと思っただろう?」

「はい」

「それで、向こうも我々には非協力的だ。空を飛んで逃げられたら、そもそも捕まえられなくてね。目立つといってもどうにもならない」

「そうでしょうね」

「君は貴重だ。これからも友好的な翼人族として、なかよくしてほしい、頼む」

「はい。もちろんです、伯爵様」

「ああ、それに君は美人だ」

「美人ですか?」

「そうだ。美少女だな。本当に天使の光臨のようだな。素晴らしい。できれば手元に置きたいくらいだが、他にも目をつけている貴族もいる。そういうわけにはいかないのだ」

「はい」


 こうして伯爵様との会談は終わって、孤児院に戻った。


「あああテリアあぁああ」


 テリアに会って、早々に抱き着く。

 頭をこすりつけて、ぐりぐりする。


「もうそんなにくっついてアルル」

「いいじゃん、いいじゃん、テリアに会えなくて寂しかったんだもん」

「わたしもアルルに会えなくて寂しかったよ」

「うん。戻ってこれてよかった」

「そうだね」


 テリアに甘えて、うれしくなってしまう。


「そうだ。お土産もらって来た。テリアの分だよ。私は伯爵様と一緒に食べたから」

「ありがとう」


 テリアにもムースタルトを出した。

 他の子がやって来る前に、ささっと食べてくんなまし。


 テリアはうれしそうにタルトを食べていた。


 こうして今回の任務も無事に成功したのだった。




 それからしばらくして。


「そうだ、ねえねえ、テリア」

「なあに? アルル」

「私ね、お菓子を運んで思ったんだけど、新鮮なお魚食べたいと思わない?」

「あーいいわね、お魚」

「わかった。私、テリアのためにお魚取って来る」

「そう?」

「うん」


 ということで、お魚を取ってくることになった。

 ここ王都は、内陸にあるため、新鮮な魚が庶民の口に入ることは皆無だ。


 海までは地図によれば、ベアクルスよりもずっと近い。

 一日で十分往復できる。


 ということで朝、万時準備をして、飛んで行く。

 資金はあるこの前いただいた、金貨一枚だ。

 たぶんそんなに持てないので、十分お魚を満載して帰れるだろう。


 目指すは北の地、ルベンリードだ。

 中規模な港町だと思われる。

 地図記号からすると漁村とかではないと思う。


 方位磁石などがなくても、翼人族は感覚的に方角が分かると言われている。

 実際に私はなんとなく、どちらに向かっているか分かっていた。


 ただ方角だけ分かっても、役にたたないが、今は地図を借りているので、町とかも分かるのだった。


 方角を頼りに、北へ向かう。

 ちょっと地図とは向きが違ったらしい、右前のほうに町が見えていた。

 向きを修正しつつ、町へ向かう。


 よく分からないが、港町だった。

 海の匂いがする。正直ちょっと臭い。


 ルベンリードかどうかは定かではないけど、まあいいや。別にお魚さえ買えればいいんだし。

 そう思って、適当に見て歩くことにする。


 港には船がたくさん泊まっていた。すごい。

 お魚も、たくさんたくさん、露店でも売っている。

 生の魚なんて、少しだけの川魚しか見たことが無かったので、その露店の多さにびっくりした。


 お昼ご飯に魚のフライをパンにはさんだものを食べる。

 これあっさりしていて、とっても美味しい。


 適当に見て回って、普通っぽいグロくない綺麗な見た目の魚を選んだ。


「おじさん、この魚、金貨一枚ぶんください!」

「いやあ、お嬢さん、冗談はやめてくれよ。そんなに持てないだろう」

「あっそうですね。じゃあリュックサックに入るぎりぎりぐらいでお願いします」

「あいよ。じゃあこんくらいかな」


 こんくらい、はかなりの量だった。

 お値段は銀貨三枚分。金貨で払ったので、銀貨七枚のお釣りだった。


「こんなに個人で買うひとは少ないね。行商かい? 翼で遠くまで飛んで行くってか?」

「そうですそうです。ちょっと王都へ」

「王都かい。そりゃすごいね。そんな遠くまで。いやあすごいすごい」


 おじさんはニコニコ笑顔でお魚を売ってくれた。


「氷も入れておくよ」

「ありがとう」


 氷は魔法で出せるものの、それなりに高価なので、あまり一般客にはくれないらしい。

 氷で冷やしつつ、お魚を運ぶ。


 お魚はちょっとだけ生臭い気がする。

 さすがに慣れてないので、気になってしまう。


 まあ大丈夫だろう。


 広場で翼を広げて飛び立つ。


 さて、魚を買ったから急いで帰らないと。

 まだお昼を過ぎたころだから一路南へ、日没には間に合いそうだ。


 王都が見えてくる。

 眼下の孤児院には子供たちがすでに集まっていた。みんな手を振ってくれる。

 孤児院に着陸する。


「ただいまぁ」

「おかえり~、アルルお姉ちゃん」


 みんな歓迎してくれた。

 今日の夜ご飯は、お魚料理だよ、って言ってあったのだ。


 孤児院のみんなで、魚のスープ煮込みを食べた。

 食べ方は魚屋さんが教えてくれた。


 塩漬けの干物の魚は、王都にも回って来るけど、かなりしょっぱい。

 このお魚はあっさりしていて、旨みもあって、とっても美味しかった。


 孤児院の子供たちの分よりも、買ってきた魚のほうが多かった。

 残りは翌朝に露天商の人に全部買い取ってもらった。

 それだけで購入金額を上回る銀貨四枚の値段だった。

 売値はさらに高いと思うと、その貴重さも分かる。


 生の鮮魚は、王都で手に入らないこともあって、あっという間に売れていった。



 後日、生魚が王都の露店の一角で売っていたという、噂話が飛び交っていた。

 俺も食べたい、俺も食べたい、俺も食べたい、という話もよく聞いた。

 海までは馬車でも一週間近くかかるので、行ったことが無い人がほとんどだという。

 翼人族の少女が買ってきたという話は有名になっていた。


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