4.お土産騒動

 ある日。


 孤児院に使いの人がやってきた。


「どうもこんにちは。航空宅配便アルルテリアの噂話は聞いているよ」

「あ、ありがとうございます」


 身なりのいい、執事さんだった。

 おそらくどこかの貴族の家の人だろう。


「ベアクルス伯爵家の筆頭執事をしています、スタークと申します」


 おじいさんはそう言った。

 白髪が混じりだした壮年の男性だった。


「わざわざどうもありがとうございます。航空宅配便のアルルです」

「実は、折り入ってお願いがございます」

「仕事ですよね?」

「そうでございます」


 スタークさんの話はこうだ。

 ベアクルス伯爵家は、遠い領地を持っている。

 地方都市ベアクルスだ。

 そのベアクルス特産の新鮮な生菓子が食べたいらしい。

 馬車でいくと二週間ばかりかかるため、持ってきてもらうことは不可能で、あきらめていたそうだ。


「それを航空宅配便の噂話を聞いて、駆け付けたわけでございます」

「なるほどね」


 馬車で二週間。確かにフルスピードで飛んで行けば、一日で片道ぐらいの距離のはずだった。


「あの、でも私、どこにベアクルスがあるか分からなくて」

「それは問題ありません。地図をご用意しております」


 そこにあったのは、軍事機密もかくやという、立派な地図だった。


「こんな詳細な地図って実在するんですね」

「はい。まあ一応。見せるだけですが、ほしいですか?」

「あ、はい。できれば地図はほしいです。途中で寄った町とかで方向を確認したいので」

「そうですよね。では、こうしましょう。無期限で貸し出しいたします。なくさないようにくれぐれもよろしくお願いします」

「あ、はい。善処します」


 貴族の執事ということで、さすがに緊張してくる。


「代金はいかほどで?」

「往復で二日のぎりぎりの距離ですよね。モノは持ち帰りですけど、それほど重くはないと思います」

「はい」

「正直言うと、前例がないので、いくらにしたらいいか分からなくて」

「そうでしょう。そうですね、では、あの、金貨」

「金貨……」

「金貨二枚、で、どうでしょうか」

「はい。金貨二枚ですね。分かりました。やらせていただきます」


 緊張の度合いも増してくる。

 まさか、金貨とくるとは思わなかった。

 なかなか受け取らないでいると、相手が不満だと受け取ったのか確認してくる。


「金貨二枚では、安すぎたでしょうか?」

「いえいえいえいえ、そんな、こと、ないです、はい」

「そうですか。いやはや、助かります」


「では明日の朝、飛び立って、明後日の夕方、お持ちするということで、よろしいですか?」

「はい。それで。あと、お菓子のお金も持たせる必要がありますね。それから菓子店への紹介状も用意してあります」


 ちゃんと色々必要なものは揃えてあるらしい。助かる。

 たまに準備がいい加減な要望をする人もいるので、困るのだった。




 翌日の朝。

 すでに門の仕事は今日明日は無理だと報告を入れてあった。

 もともと別の仕事があれば、馬を回すという契約なので、問題はない。


 私はテリア分の補給のため、ガシっとテリアに抱き着く。


「はあはあ、テリア~、二日間、寂しいけど、行ってくるね」

「うん、気を付けて。それから宿屋で暴れないでね」

「そんなことしないよお。もうテリアったら」

「アルルはちょっとおっちょこちょいだから心配で、心配で」

「大丈夫、大丈夫。はい。では行ってきます」

「は~い、いってらっしゃい」


 テリアに見送られて、孤児院を飛び立った。

 行きは荷物が空なので、楽なものだ。


 よく考えると、向こうでは生産していない売れそうな品物を持っていけばよかったと、空の上で思ったのだけど、何がそういう品物なのか全く知らないので、そういう商売もできなかった。

 誰か地方の商品について詳しい知り合いとかが、欲しいと思う。


 でもそういう商売ネタを教えてくれる人なんて、本当にいないので、どうすることもできそうになかった。


 ひたすらちょっと高度を取って、道はあまり気にせずに、方向だけを頼りに進んでいく。

 国内の主要な町がすべて載っている貴重な地図を借りたので、途中で降りて現在位置を確認すれば、別に道を無視してまっすぐ飛んでも大丈夫だった。


「あ、ルピナスの群れだわ」


 ルピナスは渡り鳥で、私よりもずっと高いところを飛んでいる。

 魔物ではないので、襲ってきたりはしない大人しい鳥だった。


 結構飛んでいると、暇だったりする。

 さすがに飛びながら内職とかは無理かな、とは思う。


 お昼に一度地上に降りた。

 お昼ご飯を済ませて、地図で場所を確認する。

 方向は問題ない。

 道ではなく直線で飛んできたので、思ったより早く到着しそうだ。

 これは予想よりもいい感じだった。


 夕方前、目的地と思われる地方都市に到着した。

 門を素通りして、広場に降りる。


「あのすみません、ここがベアクルスであってますか?」

「そうだよ。なに当たり前のこと言ってるんだい? そんな遠くから飛んできたのかね」

「ええまあ、ありがとうございます」


 その辺の人に質問してみると、そんなもの当然だろうという顔だった。

 それでも翼を見れば、納得したようで、そのまま去っていった。


 さて中央通りの菓子店マーベラスだったはずだ。

 マーベラス、マーベラス、と頭の中で唱えて目的の店の看板を探す。

 文字が読み書きできてよかった。店名も読めないとか情けないし。


 目的のマーベラス菓子店は見つかった。

 金文字で書かれた立派な看板のある店だった。明らかに一見さんお断りの雰囲気だった。


 ドアを開けて入ろうとしたら、門番が止めてきた。


「失礼。お嬢さん。この店のお客様にハルピュイアの方はいないかと、存じますが?」

「あ、すみません。私、宅配便のアルルです。王都から飛んできました」

「そんな遠くから何しに?」

「実はベアクルス伯爵様が、この店のお菓子を食べたいと言われまして、あ、そうだった。お手紙があります」


 そっと手紙を取り出して、渡す。

 するとさっと印影を確認した門番の人は、すぐに通してくれた。


 店内に入ると、また同じように説明をして手紙を渡した。

 店長が相手をしてくれて、手紙を読んだ。


「状況はわかりました。少しお待ちください。あちらの試食コーナーへどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 テーブルと椅子の応接セットを案内されていた。

 少し待つと、お菓子が出てくる。

 それはノイチゴのムースタルトだった。


「いただきます」

「どうぞ、召し上がれ」


 まさか自分にも食べる機会がもらえるとは思っていなくて、うれしくなってしまう。

 酸味と甘み、舌触りのいい美味しいムースはとろけるほど美味しかった。

 代金は伯爵が一緒に支払ってくれるらしい。


「では、詳細は分かりましたので明日の朝、またお越しください。あの宿屋はこちらで手配しますので、今晩はそちらにお泊りください」

「ありがとうございます。なんか、すみません」

「いえ、これも指示された通りですので」

「なるほど。ありがたいです」


 高級そうな宿屋の一人部屋に連れていかれた。

 一人部屋なんて、初めてだった。

 宿屋で夕ご飯を食べた。豪華なお肉とかが出てきて、どれも美味しかった。こんなに贅沢してなんか悪い気がする。

 浮かれて部屋に入ったものの、長時間飛んで疲れていたので、すぐに眠ってしまった。

 ベッドも快適だった。


 翌日。

 昨日食べたムースタルトと同じものを、箱詰めにして渡してくれた。


「はい、確かにお代は頂戴しました。輸送のほう、よろしくお願いしますね」

「受け取りました。では持っていきます」


 慎重に受け取り、リュックサックに入れる。

 横にならないように板が入っているので、大丈夫だろう。


 人がまばらな店の前から、そのまま飛び立った。

 店員が総出で手を振ってくれた。

 手を振り返して、飛んでいく。


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