3.アルルとテリア
テリアはぶっちゃけ運送業だけど、ほとんど何もしていない。
荷物を運ぶのは私の仕事だ。
一回だけ、テリアが近所にお届け物をしたこともある。でも私が居ない間のその一回だけだった。
そのときの料金も、ちゃんとテリアは報告してくれて、半分にしたので、私もその事実を知っている。
どうもテリアは自分では運んでいないのを、ちょっと申し訳なく思っているらしい。
でも私はテリアに返しきれない恩があった。
私はまだとても小さいころに、孤児院の前に捨てられていた。
名前も言えない年齢で、たぶん一歳ぐらいだろうか。
そして名前は院長先生がつけてくれた。アルルだ。
同じころにテリアも孤児院に引き取られてきた。
両親とは死別だったらしい。
治らない病気とかで両親が死んでしまうことはよくある。
あとは片親で、その親が死んでしまうというのも、やはりよくあった。
そうして私たちは姉妹同然に孤児院で育ってきた。
そしてある日。
「アルルってさ翼が生えてて変だよな」
「確かに」
「みんな他に誰も翼なんて生えてないよね」
「獣憑きだよ。鳥と人間のハーフなんだよ」
「変だ、変だ」
ほんのちょっとの「気づき」だったのだろう。
私に対して、みんなは疑問を直接ぶつけてきて、変だと大合唱した。
みんなはそれが楽しいと思っているようで、ことあるごとに、私に翼があって変だって言ってからかってくるようになってしまった。
「もぉ、みんな、ダメなんだよ。翼はね。天使、神の遣い天使様の子孫なんだからあああ」
大きな声で、そう主張したのはテリアだった。
みんなの前で私をかばってくれたのだ。
どこでそういう知識を仕入れたのかは知らないけど、その一言で、私に対するバッシングはすぐに止んだ。
それからも翼があることで、私に何か言う人がいるたびに、テリアは立ちふさがり、みんなを説き伏せて、私をかばってくれたのだ。
新しい子が入ってきたときにも、私の翼の説明をするのはテリアの役割になっていた。
そうして私の平穏な生活を守ってくれたのがテリアなのだ。
だから私もテリアに恩返しがしたい。
せめてテリアにはきつい仕事とかせずに、幸せに生活してほしかった。
私はテリアが大好き。
テリアも私のことを好きだと言ってくれるけれど、それが私と同じ好きかは、まだ分からない。
大切にしてくれているということは、痛いほど分かっていた。
だから今、運送業の運ぶのは私だけでも、留守番のテリアあっての仕事だ。
二人で半ぶっこは、恩返しを少しでもしたい私には重要なことだった。
待っているのも暇だろう。
孤児院の手仕事をして待っているので、ただ待っているだけではないから大丈夫だ。
私も運ぶものが無くて暇なときは、手仕事を一緒にしている。
今やっている手仕事は、籠作り。籠と一言に言っても、お出かけ用の手提げ籠から、野菜を満載する大きな籠、飴とかお菓子を入れたりする小さな籠など色々な種類があった。
子供たちは先輩の子供たちから教えてもらって、代々籠を編むのが、ここでの仕事だった。
しかし籠の代金はそこまで高くない。
十歳になったら、別の仕事を考えることになって、そしてある程度仕事ができるようになったら巣立っていく。
孤児院は教会付属だから、読み書きは教えてくれた。
教会では近所の子供たちも含めて勉強会がいつも開かれている。
スラムの子などは勉強もしていない。代わりに仕事もしていない。
ただスラムでも親がいる子が多い。
親なしの孤児院の子とスラムの子、どちらのほうがいいか、なんて選ぶのは難しい。
私は孤児院でよかったとは思っている。
読み書き算数は教えてもらったから、サインも文字も読める。
ずっと一緒だったテリアはもう自分の半分みたいなもので、切っても切れない関係だと思う。
テリアに会えたのも孤児院だからで、出会いに感謝している。
だから一人で空を飛んで荷物を運ぶときは、ちょっと寂しい。
もしテリアにも翼があったら、よかったな、と思うこともある。
そんな風に今日も王都内の荷物配達の仕事をしていて思った。
仕事から戻って来て、孤児院に降りる。
「テリアただいま~」
「おかえりアルル」
ガバっとテリアに抱き着く。
暖かいし、柔らかいし、実はいい匂いもするし、気持ちがいいし、落ち着くし。
テリアはまるでお母さんみたいでもある。
でもお母さんにするつもりはない。
立派なパートナーだと思っている。
この仕事が順調にいったら、一緒に独立して、一緒に働きたいとも思う。
この先どうなるかは分からないけど、店番だって重要なのだ。
もしお店が大きくなったら、事務仕事とか得意そうなテリアにはぜひ頑張ってほしい。
私はそこまで算数は好きではないので、頭を使う仕事はみんなテリアにお願いしたいくらい。
私には定期の仕事ができた。
なんと、なんとおお、王国直々のお仕事だった。
孤児院の教会は、王家、王宮とつながりがあるからか、噂が王宮にも伝わったらしい。
それは王宮の警備部門と、東西南北門のお昼の定例報告の仕事だ。
だから毎日お昼、他に仕事が入らない日は、私が定例報告を警備部門に届けることになった。
午前中の出来事をまとめた内容の手紙を各門を回って回収する。
「はいはい、定例報告書、出してください」
「おおっと、もうそんな時間かい?」
「そうですよ、早くお願いします」
「わかったわかった。すぐ終わらす」
西門の警備担当者は、愚痴を言いつつ書いてくれた。
こうやって毎日、報告書を持っていち早く情報をお城へ届ける。
もちろん王都内なので、馬で配達してもいいのだろうけど、町中を疾走する馬っていうのは、事故とかも怖いので、なるべくならあまり使いたくないらしい。
確かに。
その点、王都上空はカラスがたまにからかってくる以外は、平和そのもので、安心確実に報告書を配達できた。
毎日、報告書を届けた王宮の警備部で、代金をもらう。
四ヵ所だから六十ドロン。
値段でいえば、外で食べるお昼代一人分ぐらい。
それでもまったく仕事がないことに比べれば、かなりましだった。
門の人にも、顔と名前をすっかり憶えられてしまった。
顔というか、子供で自称金髪美少女で、真っ白い翼がついていれば、どんなに顔覚えが悪い人でも覚えるとは思う。
最近では私のために、門に行くと飴ちゃんをくれる人がいる。
「わ、わいろですね。そんなに長時間待ったりできませんよ」
「いや、別に。アルルちゃん可愛いからお駄賃」
「そうですか、ありがとうございます」
愛嬌を振りまくのも仕事のうちだと覚えた。
まあ別に飴をくれるのはうれしいので、笑顔は無料サービスだ。
こうして毎日、私が王都上空を飛んでいるのが見られるようになった。
それを見て、噂話として、航空宅配便アルルテリアを知ってくれる人も徐々にだけど、増えてきていた。
好調な滑り出しだと思う。
悪い噂もほとんど聞かない。
別に普通の宅配便の仕事を奪っているわけでもなく、特急便の速達が専門なので、うまく住み分けできていて、既存の宅配便屋さんに怒られたりすることもなかった。
仕事はまだ多くないけど、贅沢言わなければ十分うまくいきすぎて、ちょっと怖いくらい。
仕事で飛んでいる時間が増えるほど、留守番の意味は大きくなる。
テリアのいる意味は、最初よりもちょっとだけ重要になった。
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