第7話 極道、暗殺者に襲われる


 それから半月後


「これでいいですか?」

「はい、ありがとうね」


 尊は街で荷運びの依頼をこなしていた。材料を倉庫から工房まで運ぶという力仕事の依頼だ。チェイルとエカーチェも手伝ってくれたおかげで、時間も掛からずに終わった。


「じゃあ依頼証明のサイン書くわね」

「よろしくお願いします」


 街中での依頼は、依頼の書類に依頼人から証明のサインを貰って完了となる。


 尊は笑顔でサインを受け取り、


「ありがとうございます。今後も何かあったら気軽にご依頼下さい」


 お礼を言う。


「助かるわ。こういう依頼を受けてくれる冒険者さんって少ないから、貴方みたいな人ってありがたいのよね。今度うちの店に遊びに来て頂戴」

「はい、お邪魔させていただきます」


 ニコニコと笑顔で対応する尊を、チェイルとエカーチェは不思議そうに見ていた。



 依頼を終えた3人は、依頼を完遂したことを報告するため、ギルドへ向かう。


 その途中、


「よおタケル! 林檎買ってかねえか?」

「これから報告しに戻るところだから、終わったら買いに来るよ」

「やあタケルちゃん、今日もいい天気だねえ」

「こんにちはお婆さん。今日もいい天気ですね」

「タケル~、今度遊ばない?」

「いいぜ。前行ったあの場所で待ち合わせだ」

「ねえタケル、今日の夜空いてるかしら?」

「もちろん。部屋で待っててくれ」

「タケルお兄ちゃんこんにちわ~!」

「はい、こんにちわ」


 老若男女問わず声を掛けられる尊だった。



 あれから、尊は独自に情報を集めるため、人脈作りに励んでいる。


 依頼をこなしたり、世間話で盛り上がって知り合いになったり、酒の席で仲良くなったり、遊戯で遊んで親交を深めたり、時には身体を重ねて親密な仲になったりした。


 尊はこの半月で、街で多くの人が知る冒険者にまでなったのである。


 その様子を間近で見ていたチェイルとエカーチェは、慣れた手つきでこなす尊に驚きを隠せずにいた。


「た、タケルさんって、実は凄い人なのでは……?」

「オレを仲間に引き入れた時点で相当だと思うぞ」


 そんな感想を漏らす2人だったが、尊はまだ序の口だと考えている。


(表の関係は順調。次は裏を攻める。ここからが本番だ……)


 前いた世界でも、人脈を広げるのは重要な事だった。信頼は金よりも価値がある。それを痛い程知っている。


 尊は大胆かつ慎重に、事を進めるのだった。



 ◆◆◆



 依頼を終えて報酬を貰った3人は、次の依頼を探す。



 街中の依頼は低いため、1日に複数こなさなければならない。そのため不人気であり、多くの依頼が残っている。


 尊達はどの依頼がいいか目で探していると、


「ただいま戻りましたッス!!!」


 大声で入って来る人物が現れた。


 その人物は身長180㎝以上ある高身長の女だった。


 赤い腰まであるロングヘア、水色の純粋な目、筋骨隆々な肉体をしており、袖なしの格闘家の服を着ている。自信に満ちた表情をしているが、全身泥だらけで、かなり汚れていた。


 高身長の女はズカズカと受付に向かい、脇に抱えていた角の生えた猪を持って来る。


「幻のオオツノイノシシを取って来たッス! これでワッチの依頼は完了ッスよね?!」

「は、はい。長い期間お疲れ様でした……」


 受付は女の迫力に負け、少し仰け反っている。


「よっしゃー! これでご馳走にありつけるッス!!」


 女は大声でガッツポーズし、喜びの舞を舞っていた。


 それを見ていた尊とチェイルは、


「「誰?」」


 初めて見る冒険者に疑問符を浮かべている。


「『ガルセイ』、このギルドで唯一の『上級格闘家』だ」


 エカーチェは呆れながら高身長の女について語り出す。


「腕は立つし人柄もいいんだが、見ての通り頭馬鹿なんだよ。仲間作っても馬鹿過ぎて見限られるし、ソロで1ヵ月も帰って来なかったりするし、とにかく問題行動を起こすんだよ」

「あ、前に言ってた人って……」


 チェイルは前にエカーチェが言っていた人物のことを思い出す。


「そう、アイツだ」


 エカーチェは溜息をつきながら答える。


 ガルセイは受付から報酬金を貰ったのと同時に、


「よっしゃ! 飯ッスよ飯!!」


 ギルドを飛び出していった。


 尊はそれを見届ける。


(随分と子供っぽい奴だったが、腕は立つのか。……繋がりを作っておくか)


 そんな事を思いながら、尊達は新たな依頼を受けるのだった。



 ◆◆◆



 その日は3つの依頼をこなし、報酬金を均等に配る。



「今日の稼ぎは十分だな」

「宿の確保は大丈夫です! あとはご飯ですね!」

「この時間ならちょうど空いてるだろ。とっとと行こうぜ」


 3人がギルドを出ようとした時、金属製の鎧を着た5人組と鉢合わせになる。


「『騎士団』の皆さん、ご苦労様です」


 尊は軽く会釈した。


 騎士団とは、前の世界で言う警察に当たる存在だ。街の中での犯罪行為に対処し、犯人を逮捕、牢屋に入れる等の権限を持ち、日々街を巡回していたりする。


 騎士団もまた大半が女性で構成されており、男性は事務等の裏方が基本となっている。目の前にいる騎士団も全員女性だ。


 尊に会釈された騎士団は、微笑みで返した。


「やあタケルさん。今日はもう帰りですか?」

「ええ、これから晩飯を食べに行くところです。皆さんは巡回ですか?」

「そうです。冒険者の間でのトラブルが犯罪へ発展することが多いので、目を光らせておかないと」


 こうして親しげに話しているが、最初の頃は尊達を怪しんでいた。会話を重ね、信頼を得て、ここまで話をしてくれるようになった。


 尊は5人組全員の顔を見る。


「……今日も同じメンバーな気がしますが、他の方は?」

「ああ、別の地区の巡回に行っているよ。最近シフトが固定されてる気がするが、まあ、大したことではない」

「そうですか……」

「さて、我々はギルドに挨拶に行かなければならない。ここで失礼する」

「はい、巡回お疲れ様です」

「あとエカーチェ。タケルさんに迷惑をかけるんじゃないぞ」

「余計なお世話だ」


 騎士団はギルドの中へ入り、職員に話をしにいくのだった。


 尊達はギルドを後にし、飯屋へと向かう。



 ◆◆◆



 晩飯を済ませ、宿屋へ入った一行。



 尊は一人宿を出て、夜の街を歩く。所々灯りが点いてはいるが、前いた世界と比べれば明らかに暗い。なので、ランタンを持って夜道を歩いていた。


 路地裏に入り、しばらく歩いていると、一人の老人が待っていた。


「来たぞ」

「へえへえ、お金の方は?」


 尊は無言でお金を見せる。


「へへえ、確かに」


 そう言って老人は、尊に紙を見せる。一部だけ見せ、尊は静かに頷く。互いに金と紙を交換し、それぞれ枚数と中身を確認する。


「……確認した、次も頼む」

「ご利用ありがとうございやす」


 それだけ言って、尊はその場を後にした。


 尊が会った老人は、情報屋である。金で薬についての情報を集めているのだ。金で情報を売っている連中であれば、多少は信頼できる。多くの知り合いが信頼している情報屋であれば、より安全性は高い。


 尊は紙の中の情報に目を通し、しっかりと暗記してから、ランタンの中に紙を入れ、焼却処分した。


(薬の効能は、気分の高揚、集中力の増加、魔力の増加が主。他にも出てるみたいだが、そっちは気のせいである可能性が高い。副作用として、中毒症状、幻覚、幻聴、手足の痺れ、効能が切れるとそれらがより強く出る。出回っているのは主に裏で、それが何かの拍子で出て来て、冒険者が犠牲になるケースがある。その形状は丸薬、飲み薬、塗り薬と多種多様。製造方法は不明、か)


 今まで集めた情報を頭の中で整理し、考察する。


(こういうのは必ず元締めがいる。そいつは裏で手下に薬を売らせて、自分は出てこないようにしているはずだ。手下から更に売り子を使って販路を広げれば、元締めに辿り着く前に尻尾切りができる。これは組織ぐるみのやり方だろうな)


 そんな事を考えている間に、路地裏から出ていた。


(一度売り子に接触する必要がある。そいつから洗いざらい聞き出して、まずは手下の足を掴む。そこから組織全体の規模を聞きださないとな)


 街中を歩きながら、次の目標を定める。その眼には、野獣の様な獰猛な光が宿っていた。


(さて、気持ちを切り替えていこう。これから約束した場所へ向かわなければ)


 しばらく歩いて、約束した場所へ向かう途中、尊は足を止める。


「…………起きてるか、草薙剣」

『おどろけるぞ、尊』


 尊は暗闇から、誰かが自分を狙っている気配を察した。


 刀に手を掛け、懐に入っている銃を確認する。


(弾は残り5発。無駄遣いはできない)


 視線を気にしながら、人気ひとけのない場所へ進んで行く。すると、視線が強くなり、近付いてきているのも分かった。


(一人、いや2人か。襲撃するなら複数人いる可能性が高い。で、あれば……)


 ペンダント状態の草薙剣に手を掛ける。


 誰もいない、奥まった路地裏に入った時、一瞬、小さな足音が一階だけ聞こえた。


 直後、尊の全身から、全方位に向けて凄まじい水鉄砲が発射される。その威力は石壁を一撃で抉り、ガス銃より高い破壊力を持っていた。


「ぐう!!?」


 尊に近付いていた存在は、水鉄砲の直撃を複数受け、声を上げる。


「【千本水鉄砲】と言ったところか。中々いい威力だ」


 【千本水鉄砲】。尊の衣服に草薙剣の水を染みこませ、全身から水鉄砲を放てるようにする技だ。相手に悟られず、どこからでも発射できるため、かなり使い勝手のいい技に仕上がっている。


 尊は振り向き、その正体を見た。そこにいたのは黒ずくめの人物である。性別は分からないが、どう見ても普通の格好ではない。手には短剣を持っており、それを逆手に持っていた。水鉄砲の直撃を受け、膝から崩れ落ちたという状況だ。


「実践で使用するのは初めてだったが、こうも上手く決まると怖いものがあるな」

『まろの力は偉大。このきは、なでふことは無し』


 草薙剣を剣状態に変化させ、襲撃者の首元に向ける。


「さて、雇い主は誰なのか、色々教えてもらおうか」

「ッ……」


 黙って睨んでくる襲撃者。少しでも時間を稼ごうという魂胆が見える。


 その理由は、対峙する尊の上、建物の屋根から見下ろすもう一人の襲撃者がいるからだ。


 もう一人の襲撃者は音も無く屋根から飛び降り、尊目掛けて短剣を振り下ろす。このまま行けば、確実に尊の頭部に突き刺さる。


 しかし、尊が後方に向かって剣を振り上げてきたことで、それは叶わなくなった。


「な!?」


 襲撃者が声を上げるのと同時に、高圧の水の一閃が襲撃者に直撃する。


 骨が折れると同時に空中に打ち上げられ、自由落下で地面に叩きつけられた。


「うぐご!?」


 嫌な音と共に短い悲鳴を上げて、動かなくなる。打ち所が悪かったのか、気絶してしまった。


「【水流閃】、なんてな」


 一瞬の隙をついて逃げようとした最初の襲撃者だが、尊は逃がすまいともう一度【水流閃】を放ち、顔面にぶつけて気絶させる。


「逃がすかよ。このまま連れ帰って尋問してやる、覚悟しろ」


 殺気のこもった目で睨みつけ、剣を向ける尊。


 その尊の目の前に、もう一人、襲撃者が現れた。


(正面から現れた? だとしたら、何か手があって出て来た?)


 警戒する尊に、3人目の襲撃者は手をかざす。


「【発光フラッシュ】!!」


 直後、手から強力な光が発せられ、尊の目を潰してくる。尊は咄嗟に腕で目を守り、もう一度【千本水鉄砲】を放つ、周辺の石に当たる音以外にも、何かが当たる音がしたが、すぐに消えた。


 光が消えた直後に腕を退けたが、その時には既に襲撃者たちはいなかった。目の前にいた2人も、後ろにいたもう一人もいない。後には僅かな血痕が残っているだけだった。


 近くに気配が無いことを確認し、草薙剣をペンダント状態に戻す。


「逃げたか」

『おこたりきな尊。襲撃する者を逃がすとは、失態ぞ』

「さっさと拘束するべきだったな」


 尊は路地裏から出て、元いた通りに出る。


(襲撃された理由、それは俺が薬について聞きまわっているから、その可能性が一番高い。どこからこの情報が漏れたのかは分からないが、襲って来るなら、今度こそ生け捕りにするまでだ)


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