第5話 極道、怪しい噂を聞く


 三つ狼を討伐した尊達は、エカーチェ達と街へと戻り、討伐報告をした。



 チェイルの中から出した分と、エカーチェが仕留めた分、女剣士達が仕留めた分と綺麗に分けて提出し、しっかりと報酬を貰う。


「これで今日の分の稼ぎはこなしたか」

「そうですね。一先ず宿と食には困りません」


 2人が会話をしていると、女剣士達が近付いて来る。


「チェイルって言ったか」

「? 何でしょう?」

「これ」


 そう言ってお金を渡してきた。さっき受け取った報酬の一部だ。


「治療代だ。タダでしてもらう訳にはいかねえからよ」


 女剣士は目を逸らしながらチェイルに突き出す。チェイルも意図を汲んで、


「……分かりました。ありがたく頂戴します」


 微笑みながら、素直に受け取った。


「あと、この前は突っかかって悪かったな。すまなかった」


 3人は謝罪し、その場を後にしようとする。


「あ、あの!」


 それをチェイルが引き留めた。


「もしよろしければ、皆さんのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「別にいいが……。どうしてだ?」

「これからもこうしてお話する機会もあると思いますし、できれば仲良くしたいな、と」


 チェイルの言葉に、3人組は顔を見合わせる。


「……お前たちのこと馬鹿にした連中だぞ?」

「でも、謝ってくれましたよね? だったら悪い人達じゃないですよ」


 その真っ直ぐな言葉に、3人組は驚く。尊とチェイルは、器の大きさが違う。それを実感させられた。


 女剣士は少し沈黙した後、


「……『ショーロック』だ。見ての通り剣士をしてる」


 自己紹介する。それに続いて、


「『エメル』よ。職業は魔術師」

「『ケーコ』。斥候だ」


 2人も自己紹介した。チェイルは笑顔で、


「チェイルです! 改めてよろしくお願いしますね!」


 3人に自己紹介するのだった。


「ついでだが、俺は尊。よろしくな」


 尊もついでに挨拶し、3人と繋がりを得た。



 ◆◆◆



 尊達がショーロック達を見送った頃には、もう日が暮れようとしている。



「さて、今日の宿でも探すか」

「どこかいい所が空いていればいいんですけど……」

『けふもまろの出番は無のほかに』


 1本がぼやき、2人が悩んでいると、


「おい、もういいか?」


 エカーチェが話しかけてきた。


「ああ、エカーチェ。どうしたんだ?」

「オレからもお礼が言いたい。ありがとうよ」

「気にするな。こっちが勝手に助けただけだ」

「それでも命の恩人には変わりねえよ。だから恩返しさせてくれや」


 口は悪いが、律儀にお礼をしてくるあたり、悪い人間ではない。尊はそう感じた。


「……分かった。その恩返しというのは?」

「おう。2人共、酒飲めるか?」



 ◆◆◆



 エカーチェに連れられ、2人がやって来たのは、路地裏にある大人な雰囲気が漂う小さなバーだった。


 バーカウンターには、色気のあるドレスを着たグラマラスな女マスターがいる。その後ろには、沢山のお酒が置いてあった。


「よう、来たぜ」

「あらエカーチェ。……お連れ様がいるだなんて珍しいわね。明日は雪かしら?」

「一言余計だぞ」


 そんな会話をしながら、エカーチェは2人をカウンター席に座らせる。


「マスターの『ラキューレ』だ。昔からの知り合いでな。オレから見てもいい女だと思ってる」

「ラキューレよ、よろしく」

「尊だ。よろしく頼む」

「チェイルです! よろしくお願いします!」

「あら、元気な子ね」


 ラキューレは微笑んで言った。


「ちなみに年齢は? 未成年には出せないのだけど」

「俺は26だ。問題無い」

「私は20ですので、大丈夫です!」

「そう、ならよかった。何にする?」

「オレはいつもの」

「火炎酒ね。2人は?」

「何があるか聞いても?」

「オススメのお酒があるわよ。飲んでみる?」

「じゃあそれで」

「そちらは?」

「度数の少ない、甘いので……」


 チェイルは子供の様な注文をしていることと分かりながら、恥ずかしそうに頼む。それでもラキューレは微笑んで対応してくれる。


「じゃあフルーツカクテルを作ってあげる。ちょっと待ってね」


 そう言ってお酒の準備を始めた。その間に、エカーチェは尊達の方を向く。


「ここら辺じゃ見ない顔だな。どこから来たんだ?」

「隣国のヴァルガ王国からです。色々あって追放されちゃいまして……」

「追放? そりゃまた派手に出て来たな。何やらかした?」

「えっと、仕事で大きな失敗をしてしまいまして、それで」


 チェイルがごにょごにょと言いづらそうに話す。彼女にとっては痛い思い出なのだ。


「よっぽど怒らせたんだな。とてもそうは見えないけど、見た目にはよらねえもんだな」

「は、はい」

「タケルも追放されたのか?」


 エカーチェの質問に、どう答えるか悩む尊。素直に答えれば『無能』の件で何か言われる可能性は高い。それはチェイルにも迷惑がかかることだ。なので、ここは、


「ああ、チェイルと一緒にやらかした」


 チェイルに乗っかることにした。これなら何となく辻褄を合わせられる。


 エカーチェは納得した様子だった。


「なるほどなあ。まあ、そうじゃなきゃ一緒にいないか」


 そんな話をしているうちに、エカーチェと尊の前に酒が出される。


「火炎酒とスウィートドリームになります」

「……凄い名前のが来たな」


 尊の前に出された酒は、いかにも濃そうな色合いをしたものだった。


「大丈夫よ、美味しいから」


 ニコニコと勧めるラキューレ。


「金の事は気にすんな。今日はオレが全部出すからよ」


 そう言って背中を叩いて来るエカーチェ。尊は勧められるがままに、出された酒を飲む。


「…………強い酒だ」


 そう言いながら、二口目を飲むのだった。


「はい、フルーツカクテル。ゆっくり飲んでね」

「ありがとうございます!」


 チェイルは昨日のようにならないよう、チビチビと飲み始める。


 一方で、エカーチェは火炎酒を一気に飲み干す。


「かあ!! やっぱり効くなあ火炎酒は!」

「そういう飲み方をするお酒じゃないんだけどね」



 ◆◆◆



 酒が入ったことで話が弾み、話題が膨らんでいく。



 チェイルがヴァルガ王国で国家魔術師だったこと、周囲が貴族ばかりで酷い目に合わされていたことなどを愚痴ていた。エカーチェも仕事で上手くいかなかった時の事を愚痴り、話が盛り上がっていく。


 それを横で聞きながら、相槌を打つ尊とラキューレという図が出来上がる。


「今回は本当に助かったぜ。一度にあれだけの三つ狼に襲われるとか、今まで無かったからよお」

「本当に危なそうでしたもんね! もっと感謝してくれてもいいですよ!」

「おう感謝感謝!」

「何ですかそれー!」


 完全に出来上がった2人はとても楽しそうで、微笑ましい光景だった。


 尊は酒を飲みながら、ラキューレのエカーチェに対する視線に気付く。それはまるで、母親の様な、少し心配している目だった。


 そんな事も気付かず、エカーチェが尊に腕を回す。


「ところでよお、タケルの言ってたにんきょうって何なんだ? 聞いた事ねえぞ」

「その事か。任侠ってのは、弱きを助け、強きを挫くっていう意味合いの言葉だが、俺の場合ちょっと違う」

「と言うと?」

「俺の場合、弱きを見捨てず、外道畜生を挫く。それが俺の任侠だ」

「……何が違うんだ?」

「その内分かるさ」

「何だよそれ~!」


 エカーチェは笑いながら尊に絡むのだった。


 

 夜も更けた頃、エカーチェとチェイルはすっかり酔い潰れ、眠ってしまう。


 尊はチェイルを揺さぶり、


「チェイル、ここで寝るな。宿を探さないと」


 何とか起こそうとする。


 ラキューレはチェイルの肩を持ち、奥の扉を開けた。


「2階に寝室があるの。そこで寝かせてあげる」

「助かる」


 ラキューレの助けを得て、2人を寝室まで運ぶ。ベッドに横にし、布をかけて寝かせてあげた。


 ラキューレが下に戻ると同時に、尊もそれに付いていく。


「まだ飲むの? 悪い人」


 微笑みながらそう言ったが、尊の表情は真剣だった。


「……何故俺の酒だけ薄くした?」


 尊の言葉で、ラキューレはピタリと動きを止める。尊は言葉を続ける。


「あのタイプの酒ならもっと濃くてもおかしくない。なのに薄めてあった。加えて、チェイル達の酒には濃い酒が混ぜられていた。その理由は何だ?」


 問い詰める尊に、ラキューレは真剣な表情で振り返った。


「貴方に頼みたいことがあるの」

「……聞くだけ聞こう」

「あの子、エカーチェを守ってあげて」


 真剣な表情とは裏腹に、その眼には不安が宿っている。


「最近、冒険者の間で怪しい薬が流行ってるみたいなの。それを使うと、明らかに言動や行動がおかしくなるらしいの。すでに何人か薬にやられて、死んだ人もいるって」

「どんな形状の薬だ?」

「分からない。飲み薬、塗り薬、他にも色んな形状があるらしくて、ハッキリとした情報が無いの。元が何なのかも、分かってない」


 ラキューレは俯き、下を見る。


「あの子は家族が亡くなってから無茶をするようになった。もしかしたら、薬の一件に巻き込まれるんじゃないかって思うと、心配で……」

「どうして俺なんだ? 会ったばかりの人間に頼むことじゃないだろう」


 尊の言葉に、ラキューレは顔を上げた。


「貴方が、身を挺してエカーチェを助けてくれた優しい人だから」

「………………」


 そう言われると、断れなくなるのが、この男の欠点である。


 溜息をついて、


「分かった。引き受けよう」


 エカーチェを守ると約束した。ラキューレは安堵した表情になる。


「ありがとう、タケル。エカーチェをお願い」


 

 こうして踏み込んだ一件は、国を揺るがす大事件へと発展するのだった。


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