第4話 極道、森で出会う


 一晩明け、尊はディアーチェ達と裸で寝ていた。



 尊はいち早く起き、身体を伸ばす。


(……少々羽目を外し過ぎたか……)


 尊が男女の娯楽に強いのは、前の世界で鍛えたからだ。


 『色を知らねば色に負ける。色を知って色を喰らい尽くせ』という教えの下、数多くの経験を積み、回数も我慢もコントロールできるようになった。そして、『最低でも三度満足させる』という自分ルールを作り、女性と円満な関係を築き上げていた。


 それも前の世界での話。ここからそういう関係を築けるかは分からない。全て手探りでやっていくしかないのだ。


(一からやり直しだ。気を引き締めていくか)


 心の中でそう決心した時、ディアーチェが起きる。


「おう、おはよう……」


 眠そうな声で、身体を起こす。そして、尊にソッと抱き着いた。


「なあ、今回だけじゃなくてさ、これからもこういう付き合い続けないか?」


 その顔は完全に堕ちた顔だった。


「損はさせないよ。もっと凄い事もやらせてやるからさ」


 甘い吐息を出しながら、尊を誘う。尊はこういった事に慣れている。故に、平然としていられるのだ。


「たまになら、いいぞ」

「……ありがとうよ」


 そう言ってディアーチェは、尊の腕に抱き着いた。


「…………なあ、一ついいか?」

「何だ?」

「背中のソレ、どんな意味があるんだ?」


 ディアーチェが指摘したのは、尊の背中に描かれた絵、和彫りとも呼ばれる刺青いれずみである。


 刺青は、巨大な龍と戦う勇ましい男の姿を描いていた。長い龍を相手取り、男は素手で対抗している。畏怖と迫力を兼ね備えた、芸術品のような完成度だ。


 尊は背中に手を回し、目を細めた。


「決意の証、みたいな物だな。背負うはずだった責任、その道を征く覚悟、それらを全部形にした、そんな物だ」

「…………大変な人生を、歩んできたんだな」

「そんな大層なものじゃない。ただの、自分へのケジメだ」


 尊が感傷に浸っていると、ドアが勢いよく開けられた。そこにいたのは、隣の部屋で寝ていたチェイルだった。


「……………………」


 無言でむくれており、どう見ても怒り心頭といった様子だった。


 尊はどうしようかと考えた後、腹を括る。


「おはようチェイル。いい朝だな」


 笑顔で言った結果、滅茶苦茶怒られた。



◆◆◆



「エッチなのはダメだと思います」



 宿屋を後にした尊とチェイル。チェイルは完全にむくれてしまい、頬を膨らませている。


「……すまん、介抱してやるべきだった」

「全くですよ、人が苦しんでいる時に……」


 ブツブツと小言を言われ、尊は言い返せなかった。


『ほほほ、盛んなるは結構結構。栄えとはかかる所より始まるものなり』


 突然喋り出す草薙剣に、2人は少し驚く。


「……今まで黙っていたのに、どうした突然」

『まろがうちいでば世間も驚かむとぞ思うて、敢へて黙れり。されど今ならば案ずる要も無しと思ひ、うちいでしまでなり』

「まあ、周囲に人はあんまりいないしな」


 朝早いせいか、人通りは少ない。遠くからでは、2人が喋っているようにしか見えないだろう。


『さて尊、昨日は何故まろを使はざりき?』


 突然の質問に、尊はすぐに答えた。


「草薙剣を使ったら、相手死ぬだろ。それに、俺だけの力でねじ伏せなきゃ、あいつらも納得する訳ないだろうしな」

『……げに、さいふものか』


 尊の説明に納得したのか、草薙剣は大人しくなった。



◆◆◆



 ギルドへやって来た2人は早速受付に向かう。



 受付は2人を見て、ペコリと頭を下げた。


「お待ちしていました。冒険者カードは出来ていますよ」

「早速貰えますか?」


 チェイルが前に出て、受付と話す。受付は後ろの引き出しから2枚のカードを取り出し、2人に渡す。


 カードは紙をガラスで挟んだ物で、紙には先日書いた情報が書かれている。右上には、ガラスを彫って刻まれた文字があった。こちらの世界で『旅人』という意味の文字だ。


「この旅人っていうのは?」

「それは私から説明させて頂きます」


 受付の職員が説明を始める。


「冒険者にはその強さを識別するための『階級』が設けられています。最初は『旅人』から始まり、依頼をこなしていくと『補助者』『剣闘士』『救済者』『指導者』

 『豪傑』、最高位の『英雄』と上がっていきます。それよりさらに上の階級がありますが、今は省かせていただきます」


 尊は受付の説明に頷きながら、話を聞き続ける。


「お二方は『旅人』からのスタートになりますが、要注意していただきたのが、犯罪行為を行った場合の罰則です。軽犯罪であれば騎士団への罰金程度で済みますが、凶悪犯罪を行った場合は、永久剥奪になります。二度と冒険者できなくなりますし、最悪、指名手配されて賞金首にされてしまうこともありますので、くれぐれもしないで下さい」

「分かった」

「あと、冒険者同士のトラブルは両者から話を聞いて、お互いが納得する形で解決させていただきます。その時は『解決同意書』という書類に名前などを書いていただきますので、よろしくお願いいたします。細かいルールは貸し出している『ギルドブック』に書いてありますので、絶対に確認してください」


 2人に釘を刺した受付は、真面目に聞く2人に好印象を持っていた。


「依頼の方ですが、あちらにある掲示板に張り出されてますので、この依頼を受けたいと思ったら、受付まで持って来て下さい。詳細等の説明と手続きを行います。物によっては階級の制限が付いていますので、くれぐれも見落とさないように」


 依頼の大まかな説明をし、大体の説明を終えた。


「では、私からの説明は以上です。長々とお付き合いいただきありがとうございました」

「「こちらこそ、ありがとうございました」」


 尊とチェイルは頭を下げて礼を言う。


「では、よい冒険者生活を」


 受付は笑顔で2人を見送った。


 尊達はすぐに掲示板に近付く。そこには雑用から討伐依頼まで、とにかく多種多様な依頼が張り出されていた。金額はピンキリで、低い物はかなり低く、高い物はかなり高い。


 そんな中から尊が選んだのは、旅人の階級でも受けられる『魔獣の討伐依頼』だった。


 内容は、『三つ狼』の討伐。最近増えてきたので討伐して欲しいという。


「これにするか」


 そう言って尊は依頼の紙を掲示板から取り外し、受付へ持って行く。


 依頼担当の受付は違う人物で、ジト目をした女性職員だった。尊はそんな彼女に、


「これを受けたい」


 と依頼の紙を受け付けに出した。



 ◆◆◆



 『三つ狼』とは、狼の身体、顔に三つの目、三つの尻尾、5つの足が生えた魔獣である。


 性格は獰猛で、小動物を好んで襲い、時には家畜や人を襲う。視覚に優れ、不用意に近付けば逆に襲われる。


 そんな三つ狼は、餌を求めて森を彷徨う。


「【光鎖拘束ライトチェーンレストレイント】」


 突如、地面から光の鎖が飛び出し、三つ狼を拘束する。すぐに脱出しようとするが、あまりの硬さに身動きが取れない。


 鎖に気を取られている内に、三つ狼の頭に刀が突きたてられた。


 尊の刀が見事に貫通し、一撃で絶命させたのである。


「…………」


 尊は動かなくなったのを確認した後、刀を抜く。念の為、首の頸動脈を斬り、確実に殺しておいた。


「もう大丈夫だ」


 尊の声で茂みから出て来たのは、チェイルである。


 さっきの魔術はチェイルが杖を使って発動したものだ。物陰から拘束し、尊がトドメを刺す。この繰り返しで現在5体の三つ狼を討伐した。


 チェイルの『収納』に入れ、他の魔獣が集まらないよう周囲を処理していく。


「これでノルマは達成ですね。ご飯と宿にはありつけそうです」

「それは良かった」


 尊は刀の血を拭いた後、納刀し、周囲を警戒する。まだ他の魔獣がいるかもしれない。その可能性が消えない以上、警戒は解けない。


(しかし、こんな簡単に獣を切れたか?)


 切れ味のいい刀なのは以前から知っていたが、骨ごと斬るのは簡単な話ではない。


 しっかりと構え、正確に振り下ろさなければ叩き斬るのは困難だ。それは使っている尊がよく知っている。それなのに、柔らかい肉を切るかのように骨ごと斬れてしまう。


(刀の切れ味が上がった? それとも、俺の身体に何かが起きている?) 

『またまろを使はざりきな』


 自身の疑問を考えている時に、草薙剣は不満を漏らす。尊は思考を切り替え、それに答える。


「とっておきは最後まで使わないもんだ。我慢してくれ」

『ぬう』


 そんな会話をしていると、遠くから金属がぶつかる様な音がした。正確には、金属が硬い何かにぶつかるような音だ。


「…………近いな」

「? 何かありましたか?」

「近くで戦闘が起こっている。多分、魔獣と戦ってる」


 尊は耳を澄ませ、状況を確認する。


 ぶつかる音が途切れたと思えば、微かに人の荒い呼吸と、複数の獣の唸る声が聞こえた。


「……援護に行くぞ。多分苦戦してる」

「!! 分かりました!」


 2人は急いで音が聞こえた方向へ走る。


 しばらく森の中を走ると、音源に突き当たった。


 そこでは、一人の女剣士が、3体の三つ狼と対峙していたのだ。


 黒いロングヘアと鋭く吊り上がった赤い目が特徴的な女剣士は、息を切らしながら片手で剣を構えている。対峙している三つ狼との間には、切り伏せた3体の三つ狼の死体が転がっていた。


 その女剣士の後ろには、昨日尊に絡んできた三人組がいる。三人共負傷しており、特に足がやられている様子だった。それを守る様に、黒髪の剣士が三つ狼達の前に立っている。


「クソが……!! いい加減どっか行けよ……!!」


 息を切らし、目が虚ろな黒髪の女剣士。その隙を見抜いたのか、一斉に三つ狼が彼女に襲い掛かる。


「ッ!!?」


 咄嗟に対応しようとするが、それよりも三つ狼たちの方が速い。もはや守るしか術がない黒髪の女剣士は、もう片方の腕で顔を守るしかなかった。


 次の瞬間、尊が刀を振り上げながら三つ狼に突撃する。


 1体の首を的確に斬り落とし、動きを止めたのと同時に仕留めてみせた。


「【光弾ライトボール】!!」


 それと同時に、チェイルの魔法である光の魔力弾が、残りの三つ狼に直撃する。殺傷能力は皆無だが、吹き飛ばすには十分な威力だ。


「?! 誰だテメエ!?」

「話は後だ! 援護する!!」


 尊は刀から手を離し、首元にある草薙剣に手を掛けた。


「出番だぞ!」

『待てるぞ、この時を』


 草薙剣は青と緑の光の輝きを放つ。次の瞬間、1m近い長さの両刃剣へと姿を戻し、うねる水を巻き起こす。


(水は高威力で当てれば金属すら斬れる。その高威力の水を、剣の形に収める)


 水は草薙剣に纏わりつき、更に大きな剣へと変貌する。その剣を大きく横に振り、狙いを定めた。


 呼吸を整え、一気に剣を薙ぎ払う。


 薙ぎ払った一撃は、一振りで2体の三つ狼を両断した。正確無比に斬られた断面は、あまりにも綺麗で、三つ狼達は一瞬斬られたことに気付けなかったほどだ。


 三つ狼達はその一瞬を超えたのと同時に絶命し、血と肉と骨の塊へとなり果て、地面に落ちる。


 それを見届けた尊は、草薙剣をペンダント形態へ戻した。


「やっぱり威力が高すぎるな」


 そんなことを呟いていると、


「……助けてくれたのか?」


 黒髪の女剣士が尊に話しかける。


「何で見ず知らずのオレなんかを……」

「気付いた以上は、見過ごさない。それが俺の任侠だからな」

「……任侠?」


 疑問符を浮かべる彼女の横を通り過ぎ、三人組の前に立つ。


「足をやられたか。チェイル、治療を頼む」

「分かりました!」


 チェイルが三人の魔術による治療に取り掛かるが、女剣士は尊から顔を逸らしていた。


「……あんな事言って、このざまじゃあ、笑い者だな」


 昨日あれだけ言ってたのに、無様な姿を晒してしまっている。それがどれだけの屈辱なのか、想像に難くない。


「……笑わねえよ」


 けれど、尊は見下すことも、笑う事も無い。ただ一言返しただけだ。


 そんな態度を取る尊に、三人は驚きを隠せない。


「な、どうして……」

「アレくらいの事を根に持つ小さな玉じゃねえよ。なめんな」


 刀を回収し、血を拭いて納刀する。


「危なそうだから助けた。それだけだ」

「ッ」


 女剣士は、器の違いを見せつけられ、自分の小ささを反省した。


 尊は黒髪の女剣士の方に近付く。


「アンタも良い根性をしている。名前を聞いてもいいか?」

「……『エカーチェ』だ。アンタは?」

「俺は尊だ。よろしくな、エカーチェ」


 尊は手を出し、エカーチェもそれに応えるように出された手を握った。


 

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