第2話 極道、冒険者になる


 聖剣『草薙剣くさなぎのつるぎ』を拾ってから3日後、ようやく山と森を抜け、隣国フエキ大国の街が見える所までやって来た。



 山の中ではチェイルが持っていた非常食と、獣を狩りながら食糧問題を解決した。チェイルは『収納』に入っていた杖で【魔術】を使用できるため、獣狩りはかなり楽だった。水の方はと言うと、


「まさか水が出せる聖剣だったとはな……」


 草薙剣から回収していた。


 水に関連する力を持ち、何も無い場所から水を出すことができたため、困る事は無かった。


 その草薙剣は、小さくなる能力も兼ね備えており、今は尊の首元にペンダントの様にしてぶら下がっている。


『まろにかからばこのきは、造作も無し』

「ああ、助かったよ」


 ついでに、何と言ってるかも大体分かってきた。おそらく平安時代の貴族言葉に近いものだ。そんな古い言葉なのだから、いきなり通じなくてもおかしくはない。


 話を聞く限り、海の底に沈んだと思ったら、落ちていた山の中にいたという。そのまま誰にも見つからず何百年も孤独に過ごし、こうして奇跡的に拾われたのだそうだ。そのせいか、やたらと尊に話しかけてくる。


『されど、あれより長きほどや経し。さほどなまめかしく栄えを築ける世もきしかたの物になればは、人は何ともをかしきものなり』

「その分色んな事が起きたがな」


 他愛ない会話をしながら、歩を進めた。その後をチェイルが追いかける。


「あの、聖剣様は何て言ってるんですか?」

「俺の時代から随分と経ってて驚いているそうだ」

「そうなのですか……。そんなに開きがあるんですね」

「…………ところで、聖剣様っていうのが気になるんだが」


 チェイルが草薙剣を敬うような態度をしていることが気になっていた。


「聖剣様は偉大な存在なんです! しかも異界の神代を乗り越えた聖剣様なんて、歴史的に見ても初! 敬わないなんてできません!!」

「そ、そういうものなのか……」


 目を輝かせるチェイルに押され、とりあえず納得した尊だった。


(にしても、監視の目はまだ続いているな)


 2日目程から、尊は誰かの視線を感じていた。おそらくこの国の監視官のような存在だろう。


(……何もしてこないならそれでもいいか。利用できそうな時に引っ張り出せばいいしな)


 言葉には出さず、街へと向かう。



 ◆◆◆



 街に到着した2人と一本は、一先ずの目的を達成して安堵する。



 街はそれなりに発展した昔ながらの街といった雰囲気で、人もそれなりに行きかっていた。商売も、会話も、程よい賑わいで居心地がいい。住みやすい街とはこういうのを言うのだろうと感じさせる街である。


 尊達は今後について話し合う。


「それで、これからどうするんだ?」

「まずは資金が必要ですので、『冒険者』になりましょう」

「冒険者?」

「冒険者は国を跨いで活動する労働者、または旅人のことを言います。私達がなろうとしているのは労働者の方です。冒険者は『冒険者ギルド』で登録してもらうことでなる事ができるんです。労働の内容は様々で、魔獣退治や雑用、素材調達等色んな依頼をこなすのが基本になります」

「そこで資金調達をしようというわけか」

「その通りです」


 冒険者の基礎知識を教えてもらいながら、この街の冒険者ギルドへ向かう。


 その途中、チェイルの腹が鳴る。


「あ、えっと」

「…………先に腹ごしらえをしてもいいんじゃないか?」

「で、ですね!」


 尊に半分呆れ顔で言われ、顔を赤くして出店へ向かう。そこは串焼き屋で、肉を串で焼いていた。


「2本ください!」

「あいよ! 『鷹』4枚だ!」

「『鷹』ですね」


 そう言ってチェイルが懐から出したのは、鷹が刻印されたコインだった。


 こちらの世界でも貨幣はちゃんとあり、区分分けもされている。

 一番低いところから『小鳥』『犬』『鷹』『狼』『獅子』『大英雄』と順番に上がり、大きさも若干大きくなっていくという。


 尊は山の中で、チェイルに教えられた。


 尊が待っていると、チェイルが串焼きを持って来る。


「はいどうぞ」

「ああ、ありがとう」


 串焼きを受け取り、再び歩き始めた。



 食べながらしばらく歩くと、大きな建物の前までやってきた。看板には、こちらの世界の文字で『冒険者ギルド』と書かれている。


「……こっちの文字って教えてもらったか?」


 書かれている文字を理解できた尊は、疑問を浮かべていた。こちらに来てからそんな勉強は教えてもらっていない。そもそも何故、違う世界の人間と会話が成立しているのか、今思うと不思議でならない。


「それはですね、こちらに呼んだ時に理解できるよう儀に術式を仕込んでいたからです。どんな世界から来るか分かりませんから、言語の壁は必ずと言っていい程発生します。その手間を省くため、言語を理解できる術式が開発されたのです」

「そういう事か……」


 儀に参加していたチェイルが言うのだから、確かな情報だろう。


 疑問を解消してもらい、早速冒険者ギルドに入る。


 中には武器を持った人達が大勢おり、なにやら掲示板に張られた紙を見て依頼を選んでいる様子だった。


 広いエントランスホールを抜け、受付までやって来た。受付にいたのは、身なりをちゃんとしたギルドの職員の男性だった。


「ようこそ冒険者ギルドへ。今日はどういったご用件で?」

「冒険者になりたいんですが、可能ですか?」


 チェイルが前に出て、受付に質問する。受付の職員は二人を交互に見た。


「お二人共冒険者になるという事でしょうか?」

「はい、そうです」

「分かりました。ではこちらの用紙に必要事項を記入してください」

「はい、分かりました」


 チェイルは渡された紙を尊にも渡す。そこには氏名、年齢、性別等、基本的な情報を書く欄を始め、『ジョブ』という見たことの無い欄があった。


「……チェイル、このジョブという欄には何を書けばいいんだ?」

「タケルさんは剣士でお願いします。そのカタナという剣でズバズバ斬るの得意みたいですし」

「分かった」


 言われたとおりに欄を埋めていき、時間を掛けずに完成させた。


「書けました」

「はい、確認します」


 受付の職員は不備が無いかを確認する。チェイルのを確認し終えた後、尊のを確認していく。


「え? 剣士ですか?」


 受付の職員が、何故かそんな事を聞いてきた。


「? 何か問題でもあるのか?」

「あ、いえ、そういう訳では……」


 その時だった。後ろから噴き出すような音が聞こえた。


「ぶははははは!! !? こいつは笑い者だな!!」


 剣士と思われる女が、笑いながら馬鹿にしてくる。それを合図とばかりに、周囲の連中もクスクスと笑ってくる。


「…………?」


 何故笑われているのか分からないまま、尊は周囲を見渡す。


 そして気付いた。このギルドの冒険者の殆どが、女性で占められていると。


 チェイルは失念していたのか、完全に顔面蒼白の状態だった。


「す、すいませんタケルさん!! 私、うっかり剣士なんて言ったばかりに……!!」


 勢いよく頭を下げ、尊に謝罪する。


「……チェイル、一ついいか?」

「は、はい。何でしょうか……?」

「どうして冒険者は女性ばかりなんだ?」

「……?」


 その質問にチェイルが首を傾げた。


 次に出た言葉は、あまりにも衝撃的だった。





 尊は改めて、違う世界へやって来たのだと痛感する。

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