告白の機会 (環境工学科二年 長瀬和也)
最後まで
つきあってほしいと言えるほど野尻は彼女と喋ることができないようだった。そばにいることを許される存在になる――それが野尻のささやかな希望だった。
しかしそれすら実現することは百パーセントないと長瀬は確信していた。
(ま、俺には関係ないがな)
東瀬麻美がいなくなろうと知ったことではない。むしろそういう女が男ばかりいる理工系の大学に通うことが間違っているのだと長瀬は思った。
そして彼女がいなくなったとしたら、野尻はまた別の対象を見つけ出すだろう。
世にいる普通の男たちと同様、彼もまた懲りずに女の尻を追い掛け回すのだ。それが悪いとは思わない。これはあくまでも動物の習性だと長瀬は思っていた。
手紙はやはり長瀬が書いた。ここまで他人に依存できる男も珍しいだろう。もちろんその中身は野尻に見せて了解を得ている。だから彼から何の非難をされる理由もない。結果がどうあっても長瀬が野尻に糾弾されることは絶対になかった。
大学キャンパスで人影がいなくなる時間帯は真夜中でない限りは授業中だった。それも午後がのぞましい。このところ東瀬麻美は午後に医務室を利用しているのを知っていたからだ。そう結論付けて、長瀬は野尻を呼び出した。
「いいか、彼女は今日も医務室を利用する可能性が大だ。もしそうでなかったらまた明日を考えよう。とにかく彼女が医務室に姿を消して一時間後くらいが狙い目になる。その時間帯が授業中なら、学生の姿はめっきりと少なくなる。医務室から建築学科の校舎へ行く途中の中庭で待ち構えて、この手紙を彼女に渡そう。もちろん最初に俺が声をかけるから、お前はすぐ近くにいてくれれば良い。それで俺が事情を彼女に話し、彼女にこの手紙を読んでもらうのだ。そして、いいか、もし彼女が嫌と言ったら潔く諦めるんだぞ。それが肝心だ。一切の恨みっこなし。お前はそれですっかり彼女を忘れることにする。もしそれができなければ、お前は俺みたいにストーカー扱いされて、停学や退学になるかもしれないと肝に銘じておくんだ」
噛んで含めるように長瀬は野尻に言い聞かせた。
このおかしなイベントともこれで終わりかと思うと長瀬は不思議な寂しさを覚えた。
野尻はなかなかユニークな男だった。言葉は一人前には出てこないものの、人を好きになったりする感情は他人以上に強烈で繊細だった。
彼の真面目さは長瀬が良く知る
だからこそ、西沢にはざまあみろと言える長瀬も、野尻には何だか甘くみてしまうのだった。ここまで他人のために骨を折ったのは初めてではないかと長瀬は思った。
やがて二人は打ち合わせを終え、長瀬は医務室が見える場所へ移動した。
東瀬麻美は医務室で休む時もそれなりに考えて休んでいる。決して同じ講義を欠席する形をとらない。そのように努力しているようだった。
だから長瀬の予想では今日は四限目の時間帯を欠席にして休息するのではないかと睨んだのだった。
そして長瀬の予想通り、東瀬麻美は姿を現した。ちょうど三限目が終わったところで医務室へ向かう彼女の姿を長瀬は捕捉した。
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