癒される男 (環境工学科三年 西沢春樹)
何を思案することがあると
しかし一方で、しばらくここにいようという意思も間違いなく存在するのだ。
春樹は自らの下心を恥ずかしく思い、それを振り切ろうとして唾を飲み込んだ。ごくんというその音が
目の前の穂乃果は、大学で出会うゲラの彼女ではなかった。こういう顔をしていたっけと思うくらい物憂げな顔をしている。そこには何かの決意や覚悟、そしてじっと秘めていた思いが表れているようだった。
遥佳を前にしたとき自分の男性は全く役に立たなかった。ある意味それは自分が人間として欠陥を抱えているのではないかと不安を煽るほどの効果をもっていた。
それを打ち消し、自らの自信を回復し、ひとりの男としての価値を失っていないことを確認するには、まさに格好の状況だともう一人の春樹は叫んでいた。
「ビールなんて、おいてないよな?」
「ごめん、気がつかなくて、角の酒屋さんの前にある自販機で買ってくるから、待ってて」
「いや、ないならいいよ、もう夜も遅いしわざわざ買いに行かなくていいよ」
「でも……」
アルコールの力を借りようなんて姑息な手は使うべきでないと春樹は思いなおした。
じっと静かに見つめる穂乃果はやはり大学にいる時とは別人だった。
綺麗な顔をしていると春樹はこのとき初めて思った。この表情を彼女はこのときのためだけにとっておいたのではないかとさえ春樹は思った。
言葉が途切れてから、心臓の鼓動の音さえ聞こえてくる気がした。まだテレビのスイッチは入ったままで、お笑いタレントの喋る台詞が耳に入ってきていてもそれを認識することはできず、互いの鼓動に耳をすませていたい気がした。
ここは自分の方から動くべきだと感じた春樹は、すっと半歩近寄り、穂乃果の顔を見下ろした。それにあわせるかのように彼女の顎が上がり、春樹はいつしか静かに唇を重ねていた。
人生二度目のキス。それは遥佳のときよりは新鮮な感覚だった。あるいは穂乃果は初めてのキスだったのかもしれない。そう思った瞬間、自然に舌が動き出し、お互いの舌が絡むように動いた。
ぎこちなくではあるが春樹は思い切り穂乃果の肩を抱いた。なぜだか立っていられないくらい体のバランスが失われ、ふたりはもつれるようにしてベッドの方へ移動して、そのまま倒れこんだ。
すでに春樹は下半身がこれ以上ないくらい緊張していることを自覚していた。遥佳に対しては起こらなかった自然な反応が、穂乃果を相手にすると無理なく起こるのだった。
春樹は今目の前にいる相手が世界中でたった一人自分が相手にできる女性のように感じた。
穂乃果の胸のふくらみを春樹は自分の胸で感じた。両腕はすでに穂乃果の頭や背中など後ろに回っていて力が入っている。その状態で彼女の前に触れることはできなかった。こうした時ふつうの男だったらどのように動くのだろうと春樹は、不思議と冷静に考えたりもした。
女の匂いをこれほどじかに嗅いだのは初めてだった。ずっと口を吸い続けていたのでいつしかふたりとも呼吸が苦しくなり、喘ぎ始めた。その音がさらに耳を通って脳を刺激する。
春樹は右腕で穂乃果の体をしっかりと捉えたままの格好で、左手を彼女の胸の方に滑らせた。シャツの上から胸のふくらみに触れてみる。先端の突起に春樹の手の動きが及ぶと、穂乃果はのけぞる仕草を見せた。押し殺したような吐息が聞こえる。それがさらに春樹を刺激し、彼は穂乃果のシャツを少し捲り上げ中へ手をすべりこませた。
もちろん女性の下着を脱がせた経験のない春樹にブラを取り除くことは困難を極めた。何度かチャレンジしたが、思ったよりもふくらみのある穂乃果の乳房はしっかりとブラとフィットして中へ指を侵入させることも難しいようだった。
あきらめたかのように春樹は彼女の下へと左手を移動させる。ベッドの上でずるずる動いたためにすでに穂乃果のデニムスカートはすっかり捲れ上がっていて、春樹の左手はすぐにタイツにつつまれた彼女の局部に触れることができた。
びくんとした動きとともに悩ましげな吐息が洩れた。春樹は
「ねえ、灯り、消そうよ」
やっとのことで穂乃果がそう言葉を発した。彼女の羞恥心による提案かとも思われたが、消すためにはスイッチにまで移動しなければならない。それがこの流れを止めることになってはすべてが無に帰するような気がして、春樹はなかなか言うことをきかなかった。
「ねえ、電気消して、それからちゃんと抱いて」
今まで聴いたことのないような甘えた声で穂乃果は言った。まるでそれはアダルトゲームの声優の声のように春樹の耳に届いた。
春樹が解放すると穂乃果は灯りを消しに行き、その瞬間テレビの画面だけが暗い部屋に浮かび上がった。ちらちらとテレビから出る光が強弱を繰り返し、それが当てられて穂乃果の動きはぱらぱら漫画のようになった。ポロシャツを脱ぎ去り、スカートを下ろした。
春樹もそれに倣い、着ていたものを脱ぎ、シャツとトランクスだけになる。穂乃果はブラも取り去りショーツだけの姿になったようだが、いつの間にかふとんの中に入り込んでいた。
「ほんとうに良いんだよな?」
穂乃果が頷くのを見て、春樹は財布の中に避妊具を入れていたことを思い出した。遥佳との間で使おうと用意していたものだったが、結局使うことなくそのままその存在を忘れていたのだった。それを取り出して穂乃果に見せると、彼女は半ばあきれたように言った。
「いつも、そういうの持ち歩いているんだ。いやらしい」
春樹は慣れていると思われている方が良かったので、それに対して何も言わず、穂乃果のふとんにもぐりこんだ。
やはり穂乃果はショーツだけの格好になっていた。じかに触れる彼女の胸はやわらかく、女性の乳房がこれほどやわらかいものだと春樹はすっかり感心してしまった。
十分に愛撫が必要だと頭ではわかっていても、春樹はかなり焦っていた。もう下半身の方が我慢の限界にきていたのだ。すでに一触即発のような状態になっている。春樹は慌てて避妊具を装着した。
暗闇の中で春樹は穂乃果の聖域を探し、ひらひらした花びらに触れると、あちこち探した挙句に中指一本をその奥深くへ沈めた。そこは想像したよりもぬるぬるとしていて、指に体液がかなり纏わりついてきた。これを濡れているというのだと春樹も理解したが、これが通常なのか非常に多い状態なのかまではわからなかった。
いずれにせよ、春樹が思った以上に穂乃果は経験があるようだった。少なくとも初めての反応ではないだろう。女の喘ぎをじかに聞いたのは初めてだが、まさかここまでビデオで見る演技のような反応を穂乃果が示すとは思っても見なかった。
それなら――と春樹は我慢できなくなっていた自分の分身を、両手を使って穂乃果の花びらを開くという不恰好なやり方で、しかも何度か試行錯誤した挙句に、穂乃果の中へと侵入させた。
一度入り始めると意外なくらいあっけなくそれは穂乃果の中へと吸い込まれていった。まるで彼女がすっかり春樹を待ちわびていたかのような単純さだった。
やはり穂乃果は処女ではなかった。しかしそんなことを考えている間もなく、春樹は律動を余儀なくさせられた。精一杯我慢したつもりだが、あっけなく彼は避妊具のゴムの中へと精を放った。
中途半端な状態のまま春樹は一旦穂乃果から離れた。
「ごめん、あまりに君が良すぎて我慢できなかった」
「いいの、まだ頑張れるでしょ?」
春樹はティッシュで先を拭うと新しい避妊具を装着した。財布の中に二つ入れていたし、鞄の中を探せばまだ出てくるはずだ。
「西沢君のこと、ずっと好きだったんだから、今度はわたしをいかせて」
自分だけが知る穂乃果。春樹は確実にそう考え始めていた。ここにいるのはあのゲラではない。意外なくらい美人だと判明した大人の女だった。それも春樹にだけ可愛く甘える理想の女。
春樹はその夜、明けるまで穂乃果を貪った。
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