窺う男 (環境工学科二年 長瀬和也)
敷地内に入ってからもしばらくは林が続く。ようやく校舎の一部が見え隠れしてきたなと思ったところで、長瀬は前方に知った顔を見つけた。それは元同級生の
二人は何やら深刻そうに話をしていた。
(あの二人、とうとう付き合い始めたのか?)
長瀬は太いコナラの幹の影に身を隠し、そのなりゆきをそっと見守った。
「――そうか、やっぱりあいつは何もできなかったのか」
安野がそう言っているのが長瀬の耳に届いた。遥佳も頷いたり何か喋ったりしているようだが、声が小さくて全く聞き取れない。話は殆ど安野の声から理解するしかなかった。
「何だかんだ言いながらあいつは潔癖すぎたんだよ。それに加えて長瀬に対する対抗心があいつの動きを完全に封じ込めてしまった」
自分の名前が出てきたので、長瀬は少しぎょっとして、さらに聞き耳をたてた。別に自分のことを噂しているわけではないだろうが、やはり気になる。「あいつ」とは誰なのか? そいつは自分に対して何らかの対抗心を燃やしているらしい。そんな大それたことができる奴がこの大学にいたかと長瀬は
「もう
安野のことばが頭の中で反響した。
(西沢? あいつが俺に対抗心がある? お笑いだな)
登場人物が把握できると、話の内容は徐々に明らかになっていった。どうやら遥佳が西沢に恋して積極的になったにもかかわらず西沢は遥佳に対して指一本触れられないでいるという話のようだった。それについて安野が解説しているのだ。
しかしよく観察していると、安野は必要以上に西沢を貶めているように思われた。その様子に長瀬は安野の作意を読み取った。安野は明らかに遥佳を手にしようとしていると長瀬は思った。
(あいつはハイエナのような野郎だからな)
真面目で潔癖な西沢に対して、安野は女性の扱いも慣れているし、どちらかというと自分に近い人種だと長瀬は分類していた。
尤も、容姿も才能も自分の足元にも及ばないがために安野は常に狡猾に動く男だと長瀬は知っていた。今も遥佳の相談にのるような顔をしながら西沢を貶め、自らが遥佳の相手に納まろうという魂胆が見え透いている。
そしてそれが奏功する雰囲気を見せ始めていた。遥佳は涙を拭うかのような仕草をし、今にも安野の胸に飛び込もうといわんばかりの距離にいた。
安野は長瀬と別れたばかりの
結局は安野も長瀬同様女の体だけに興味があるに過ぎない。これで遥佳が安野になびいたら、またも自分の元彼女を手にしたことになると長瀬は思った。
(別に構いやしないがな)
通り過ぎていった女が誰とどうなろうと長瀬にはもはや興味はなかった。安野とは対照的に、長瀬の元彼女というだけで遥佳に触れられない西沢も情けない純情男にしか思えなかった。
「俺じゃ駄目なのか?」
安野の声が突然聞こえた。とうとう本性を現したなと長瀬は失笑した。
「俺はずっと君のことを見ていたんだ。長瀬のことも西沢のことも関係ない。俺は誰よりも君のことを愛することができる」
あまりの「臭い芝居」に爆笑しそうになったが、必死に両手を口にあてて堪え、長瀬は二人を見た。
安野が遥佳の肩を抱き、しっかりとキスをしているようだった。
まるで中学生のように純情そうに震える遥佳の様子を見て、長瀬はさらにおかしくなった。
遥佳のよがりを聞いたら安野はどんな顔をするだろう。遥佳の粘着質な性格を知ったら安野はどう思うだろう。
長瀬は純情そうな女の子が徐々に変貌して正体を現していく様子を何度となく見てきた。
安野が遥佳をどう評価しているか知らないが、少なくとも名手美奈子より遥佳の方が淫乱でしかも嫉妬がひどい。きっと安野は美奈子の時よりも短い期間で遥佳を手放すだろう。そしてまた遥佳は男性不信になったふりをすることになるのだと長瀬は結んだ。
そしてそうなった時、遥佳はまたも西沢に近づくだろう。それでも西沢は遥佳のことをほってはおけない。そして今度は長瀬と安野の二人と交際歴のある遥佳を持て余し苦悩するのだ。
全く馬鹿げた連中だと長瀬は思った。
所詮精神的な結びつきなど
お互いに好き合っても、いざ体の付き合いが始まるとたちまち現実的となる。高尚な恋を成就させようとしても、そこにはただ欲のぶつかりあいがあるだけだと長瀬は思った。
わからない奴には俺がわからせてやるしかない。長瀬はそのまま足を進め、彼の姿を見つけてはっとする安野と遥佳を完全に無視する形で二人の横を通り過ぎていった。
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