なぐさめる男 (環境工学科三年 西沢春樹)
自分の体が清浄さを失い、ますます
佐原でのデートから自宅に戻った春樹は、遅い風呂につかりながら、久々に自らを慰めた。
若い男の体が本能に基づく行為を全く行わないと、溜まったものが無意識下に溢れ出てしまう。そう言い訳しながら定期的に続けている習慣だったが、最近は
明らかに遥佳は自分を誘惑していると春樹は思い込んでいた。好きな男の子の前ではお洒落をしたり、甘えたような態度をとるのはごく当たり前なのだという考えが、春樹の頭には全く浮かばなかった。それはすべて
「
安野はそう示唆した。とくに明かしたわけでもないのに安野は、春樹と遥佳の関係が接近したことに気づき、最近何かと理由をつけて近づき、二人きりになったところであれこれと男女の心理を高説するのだった。
「そうしてふだんと違うお洒落をしたり、思わせぶりな態度をとったり、すぐ手の触れるところまで近寄ったりすることで、男が動きやすいようにする。それが好きな男に対してしなければならない行為だと思わされているんだろう。本当はまだ長瀬との傷も完全には癒えていないし、男に触れられるのだって気持ちいいわけはない。なのに無理しているんだよ。だから北見がどんなに色っぽく迫ってきてもそれは彼女の無理した虚勢だから、ついそれにのったりすると大変なことになるぞ。まさに長瀬と同じ行為。純情な北見を辱める愚行というものだな」
遥佳に触れては長瀬と同じだ、という意識が春樹の脳裡に刻まれていた。しかしそれだけではない。
自分の中にはやはり長瀬に犯された遥佳というイメージがすっかり定着してしまっている。そう遥佳は無理に長瀬の「彼女」にさせられたのだ、そしてトラウマになるくらい穢された、その穢れが今も遥佳の中にはっきりと残っている。その考えが自分を呪縛しているのだと春樹は思っていた。
自分は遥佳とまともに向き合うことができないのか、と春樹は苦悩した。
慰め終えて、体を清めた後も気分は全く晴れなかった。眠れない夜をひとり自室で過ごしていた時、遥佳からメールが届いた。
きっと遥佳も眠れなかったに違いないと春樹は、メールを読む前に思った。
思えば僅かなほころびとも思える沈黙がときどき楽しい雰囲気を遮るぎこちないデートだった。
遥佳はきっと彼の心中をあれこれ模索し、あるいはその真実に到達したのかもしれない。差し出そうとした手をとらなかった春樹。まるで汚いものを扱うかのように手をとることを拒否したと遥佳は感じたかもしれない。
<今日は楽しかった。ありがとう。いろいろ思い出していたら眠れなくなっちゃった。明日も会えるといいね。そうしたらもっと楽しくなるかも。じゃ、おやすみ>
簡単な内容のメールの向こうに遥佳の
これまで会った日の夜遅くに、眠れないからという理由でメールが来たことはなかった。日光に行ったときでさえ、遥佳が「思い出して眠れなく」なることはなかったはずだ。
言葉には出さないが、間違いなく遥佳も悩んでいる。
手くらい握れば良かったのか。しかしそんな経験のない自分が公衆のいるところで女の子の手を握るということはやはりできないのだ。それは長瀬とは別の次元の話だと春樹は思った。
ではふたりきりになれば何でもできるのだろうか。そう考えて、春樹はあることを思いついた。あれこれ迷ってばかりいて堂々巡りを繰り返すのなら、いっそのことはっきりとさせた方が良い。
春樹はメールを返信した。
<また明日会おうよ。夕食をふたりでゆっくりととろう>
春樹は、幕張のホテルにあるカフェバーレストランを提案した。今度は自分が思わせぶりなことをする番だ。その時になったら自分の本当の気持ちも遥佳の本当の気持ちもわかるに違いない。
遥佳はすぐに同意の返信を送ってきた。
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