光るほど目につく影① (環境工学科三年 西沢春樹)

 大学三年のゴールデンウィークは忘れられない日々になる――はずだと春樹はるきは思っていた。

 今年は遥佳はるかとどこかへ行くことができる――と連休前にはいろいろと思い描いたりした。

 柴田しばたが「良かったね」と本当に羨ましそうな顔をし、彼がまた女の子のおしりを追いかけたりしないかと余計な心配をしたほどだった。

「大丈夫、まだ誰にも言わないよ」と言った柴田の言葉に春樹はほっとし、おそらく柴田は軽率な行動はとらないだろうとも思った。

 何もかもうまくいく段取りができていたはずだった。あとは自分自身の問題なのだと春樹は自ら言い聞かせた。

 心の中に巣食う長瀬ながせの亡霊を消す。それさえできれば遥佳との新たな旅立ちを実現できるのだと思いを膨らませた。

 しかしそのたった一つのことが春樹には難しかった。意識すればするほど長瀬の顔が頭から離れず、遥佳の顔を目の前にしても彼女の顔に被って来るのだった。

 世の中の恋人たちはどのようにこの黄金週間を過ごすのだろう。垢抜けたペアは車で遠出をし、そのまま異境の楽園に泊まってくるのかも知れない。

 ペーパードライバーの二人にドライブは夢のような計画だったし、まだ手も握ったこともない二人が泊りがけで出かけるという荒技に挑戦することも考えられなかった。

 いや、春樹さえしっかりとしていれば、そうしたことも実現可能だったのかもしれない。それくらい遥佳は覚悟を決めて、心も落ち着いていたと思われる。いろいろな意味で浮ついていたのは春樹だった。

 以前は遠くから眺めるだけの対象だった遥佳。

 勿論、大学の同じ学科、同じ学年の学生として、クラスメイトとして、学生たちの世話役を一緒にする仲間として、春樹は遥佳と行動をともにすることはよくあったし、言葉を交わす機会も毎日のようにあり、何の遠慮もない会話を続けてきた。ある意味、春樹は最も遥佳の近くにいる存在だったといっても過言ではない。

 しかしそれでいて自分の密かな想いを彼女に向かって伝えることはできなかった。

 そうした想いを相手に伝えるという行為をこれまで一度も経験したことのない春樹の純情が二の足を踏ませてきたこともあるし、長瀬と別れて以来男性不信に陥ったであろう遥佳をおもんぱかる気持ちが、彼女をそっと見守るという選択肢をとらせたことにつながっているのであろう。そう自分では考えてきたのだった。

 しかしいざ遥佳の最も近い位置にいることを許される身になった今となっては、それまで見えなかったさまざまな傷痕きずあとがはっきりと見えるのだった。

 いやそれ以上に、見えないものまでが春樹の脳に入ってくる。それは遥佳の瞳の中、唇の輝き、きめ細かな肌に現れ、春樹を愚弄、嘲笑する長瀬の影だった。

 二人で向かい合ってお茶を飲むとき遥佳の目の中に浮かぶ自分自身の影が突然長瀬の姿になる。

 春樹の気を惹こうと一所懸命に語る遥佳の濡れた唇が目まぐるしく大小の開閉運動を行い、その唇に思わず自分の唇を重ねようと思った瞬間、長瀬の吸っていた煙草の匂いが感じられる。

 また襟元から露出する遥佳の首筋、うなじを見るにつけ、あるいは服の袖から出たすべすべした二の腕のきらめきやレギンスからわずかに露出する細い足首の動きを目にしたとき、ふとそれらに触れたくなった瞬間に「お前にくれてやるよ」という長瀬の勝ち誇ったような声が聞こえてくるのだった。

 勿論それらは幻覚のようなものに違いない。そうした現象があるわけがないのだ。これらはすべて春樹自身が作り出した長瀬の呪縛に違いなかった。そうとわかっていてもそれからのがれることはできなかった。

 そんな春樹の内心を知ってか知らずか、遥佳はますます天真爛漫の顔を現し始めた。

 それまで春樹のクラスメイトの一人、ただちょっと言葉を交わすことの多い男子学生の一人に過ぎなかったのが、みなに内緒で食事をしたり出かけたりするようになってから、意外なくらい女の自信をみなぎらせるようになった。

 長瀬との過去の傷がすっかりと癒えたかのように、春樹と二人になった瞬間にみなの前ではしっかりと秘めている女の部分を春樹に向かってさらけ出そうとしているかのようだった。

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