踏み出した一歩① (環境工学科三年 西沢春樹)
本当に遥佳のことを、長瀬の亡霊につきまとわれることなく愛していけるなら、チャンスを無にせず遥佳に思いを伝えることができるはずだ。そうあって欲しい。そうでなくてどうする。春樹は自らを奮い立たせた。
これまで二年余り時間を置いたのは長瀬のことを忘れるためだった。しかしついつい時間が流れるに任せてしまった。
それを気づかせてくれたのも長瀬の出現だった。彼が再びキャンパスに現れ、自分がいかに行動を起こせずにいる小心者であるかを思い知らせてくれた。この機会に自分は変わる。遥佳のためにもはっきりとした態度を示す男に変わるのだ。
決意するとたちまち体の中に勇気が湧いてくる気がした。テンションも抜群だ。あとは機会をつくるだけだった。そのためにはまずは
「今日は用事があるから一人で帰ってくれないか」
そう柴田に伝えると、彼は怪訝な顔をした。
やはりはっきりと目的を伝えなければ彼は納得しないだろうなと春樹は思った。
「ごめん、言い方が悪かった。今日ぼくは北見さんと大事な話がしたいんだ」
「大事な話?」
「うん、僕は北見さんのことを前から好きだった。だから思い切って自分の思いを彼女に伝えようと思っている」
このことばには、自分に対して決意を強固なものにする意味もあった。誰かに宣言してしまえばもう後戻りできない。こうして柴田に話した以上、遥佳に思いを伝える以外の選択肢はなくなった。
「そうなんだ、それはいいことだよ」と柴田は素直に喜んだ。「誰かに好きだということは良いことだと思うよ。北見さんはやさしくて可愛くて良い人だから、西沢君にはお似合いかもしれないね」
そうまで言われると照れてしまう。
「でも、ちゃんと伝えてもし断られても、しつこくしてはいけないよ」
柴田は突然釘を刺した。自分がさんざん言われた台詞をここで披露したのだろうが、これから告白しようと思っている男に対して悪い結果になる可能性を口にするとはやはり空気の読めない男だと春樹は苦笑した。
「わかっているよ。言って駄目なら素直にあきらめるよ。その後は今までどおりの友達として彼女とやっていく」
春樹はそう言い切った。
こうして柴田に打ち明け、遥佳と会う機会を手にした春樹は、遥佳にメールを送った。
大事な話があるから新鎌ヶ谷で待ち合わせたいという内容のメールで、放課後ゆっくりと向かえば丁度到着する時刻と待ち合わせ場所を示した。もしノーという返事なら今日は諦めるしかない。しかし春樹には遥佳が来てくれる予感しかしなかった。
大学の構内以外で遥佳と二人になることは今までなかった。遥佳の方も長瀬と別れてからは男性とふたりきりになることはなかったはずだと春樹は思っている。だからこそ二人で会うということが何を意味するのか遥佳にも伝わるはずだという確信があった。
ここまで時間をかけて築いてきた遥佳との関係なら、会えないはずがない。
昼休みの時間帯になって遥佳から返事が来た。
<わかりました。参ります>
最後に照れたような笑いを示す絵文字が付け加えられていた。それを見て春樹はある程度の手ごたえを感じていた。あとは自分次第だと春樹は思った。
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