ハイエナは好機を窺う② (環境工学科三年 安野康司)

 安野やすのが教室にすべり込むと間もなく講義が始まった。

 席は自由なので女子はかたまって腰掛けている。以前だったらクラス内にいくつかカップルがあり、ペアで腰掛けることもあったが、現時点ではクラス内カップルは一つもない。長瀬ながせ柴田しばたが引っ掻き回したせいで、一部安野も関係してはいるが、今のような男女分断の状況が出来上がってしまった。もちろんお互い会話はする。しかしそれ以上の関係になることは誰も望んでいないようだった。

 さてその状況下で安野は動くことを目論もくろみ始めたのだった。

 一学年百名の環境工学科が小クラス三つに分けられ、安野のクラスに遥佳はるか西沢にしざわやそして柴田がいるのだが、女子は遥佳を含めて四人しかいない。それが左前方にかたまっていた。

 遥佳の隣りに坐っているのは名手美奈子なてみなこだった。これこそ不思議な現象、不思議な因縁だと安野は思う。

 名手美奈子も長瀬和也ながせかずやの彼女だった。しかも遥佳と交際時期がダブっている。長瀬は遥佳と別れたと美奈子に嘘をつき、同時進行の形で付き合っていたという噂だった。

 優等生タイプの遥佳とは異なり、美奈子はお洒落に気を遣っているし、その分垢抜けている。だから遥佳よりも美人に見えるし目立つ。

 しかし美奈子もはじめから今のような派手な女ではなかった。入学したての頃はまだあどけない高校生の雰囲気を残していた。そのために柴田真宏しばたまさひろの歓心を買ったのだ。

 長瀬と遥佳がつきあい始めた事に刺激を受けた柴田は突如美奈子に求愛宣言をして追っかけを始めた。

 戸惑う美奈子は何度も拒否を示し、周囲も柴田を宥めようとしたが、柴田は一向に耳を貸さず、執拗に美奈子を追い続けた。哀れな美奈子は泣く毎日を過ごし最後には相談員に助けをもとめた。そうしてどうにか柴田の行動に歯止めをかけるのに数ヶ月を要したのだ。

 この時の不安定な美奈子の心理につけこんだのが長瀬だった。美奈子を慰め、自分はすでに遥佳と別れていると言って美奈子の彼氏に名乗りをあげた。

 遥佳と仲が良かった美奈子ははじめこそ拒絶したようだが、いつしか長瀬に体を預けていた。あとで知ったことだが、そうなったきっかけは長瀬に無理やり求愛されたことだったらしい。

 はじめは秘密裏に二人はつき合っていたが、それが明らかになったのは、おかしなもので長瀬と遥佳の別れ話が表沙汰になったことがきっかけだった。しかも長瀬は遥佳と別れないとごねたのだ。そうして長瀬が二人の女の子、しかもクラスメイトの二人とつきあっていることが暴露された。安野や西沢をはじめ周囲の友人たちを巻き込んでこじれにこじれ、どうにか遥佳も美奈子も長瀬から離れることで収拾がついた。

 その後まもなくして安野は美奈子とつきあうようになった。そして美奈子の口から長瀬のやり方を知ったのだ。

 長瀬は女の子をものにするときに、ときに強硬な手段をとるようだった。それはまかり間違えばレイプというほど強引な迫り方で、美奈子の場合も、遥佳のことを考えるとつきあうことはできないと宣言したのにもかかわらず、その場で押し倒されたということだった。

 安野は長瀬のことを忘れさせるよう必死に努力した。その甲斐あって美奈子はすっかり立ち直った。男性不信に陥った遥佳とは対照的なほどだ。お蔭ですっかり美奈子は綺麗な女子大生になっている。安野との仲は半年ほどで終わってしまったが、今は合コンで知り合った他大学の学生とつきあっているようだった。

 そうした過去のある美奈子と遥佳が机をならべて講義を受けている。そのことに安野は不思議な因縁を感じていた。狭い大学内で、しかも女子は数が限られているからそういうこともありうるのかもしれないが、全くおかしなものだと安野は思った。

 そして今、安野は遥佳に迫ろうとしている。もしうまくいって遥佳を手に入れれば、美奈子と遥佳を手にした長瀬の後を追っていることになるのだ。それもまた不思議な因縁だということだろう。

 安野は目を転じて西沢の姿を探した。西沢は遥佳とは遠く離れて窓際の方に腰掛けていた。その隣りには柴田の姿がある。相変わらず律儀な男だと思う。クラスの世話役的な役割をしている以上、彼しか柴田のお守りをする人間はいないのだ。

 しかしそうして遥佳をほっておくのなら、お前が手を出さないのなら、この俺が遥佳を手に入れる、と安野は握りこぶしに力をいれた。

 安野にもう迷いはなかった。

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