ハイエナは好機を窺う① (環境工学科三年 安野康司)

 安野康司やすのこうじ長瀬和也ながせかずやと別れると、教室へ戻った。

 長瀬のことばが頭を巡る。

遥佳はるか西沢にしざわと付き合おうが、お前と付き合おうが全然関係ないことだ」

 それが長らく忘れていた北見遥佳きたみはるかへの想いを呼び戻した。

 大学に入って最初に好きになった女の子。しかしひと月も経たぬうち長瀬和也の彼女となっていた。

 長瀬は長身でイケメンの部類に入り、しかも頭の回転が速い。本来はもっと偏差値の高い大学に入っているはずの男だった。遥佳が惹かれたのも無理はないと安野はすぐに諦めた。

 その後、女の子に対して積極的だった安野は、同じクラスの別の子とつきあったり、後輩の女の子とつきあったり、テニスのサークルで知り合った子とつきあったり、合コンで知り合った子とつきあったりと、二年余りの間に四人の女性とつきあったがいずれも長くは続かなかった。

 熱しやすく冷めやすいのかもしれない。しかし安野が選ぶ女の子も同じようなタイプで、これまで幸いなことに別れる時に話がこじれたことはなかった。そこが長瀬と違うところだと安野は思っている。

 長瀬の場合はとにかくこじれる。それは奴が同時に何人もの女性とつきあうからだ。そして別れる時は殆ど女性の方から逃げ出す形となり、納得のいかない長瀬が話をややこしくするのだった。

 だから長瀬はクラスで浮いていた。一つ下の学年になったことを喜ぶクラスメイトは多いはずだ。男も女も、長瀬のような奴とつきあいたいとは思わないだろう。ああいう何でも出来て自信満々で、周りを軽蔑したような目で見る奴を好む者はいるまい。

 長瀬とつきあった女性たちはみな彼の外見と押しの強さに負けただけだ。ある意味彼女らは哀れな犠牲者だったのだと安野は思った。

 北見遥佳はそういう女たちの一人だったが、いまだに安野にとっては忘れられない存在でもある。

 遥佳は長瀬のせいで男性不信になったとかで、あれ以来彼氏をつくっていないという噂だった。

 クラスメイトの中には図々しくも遥佳に思いを告げる三枚目が何人かいたようだが、見事に玉砕している。その中にあって西沢春樹にしざわはるきはじっと遥佳を見守り、影で遥佳を支えるかのように振舞ってきた。西沢の行いは尊敬ものだと安野は思っている。もはや西沢しか遥佳の相手にふさわしい者はいないだろうと安野はすっかり諦めていた。

 それがどうだろう。西沢はいつまでたってもはっきりとした態度を遥佳に示さない。もう今なら、西沢がその気にさえなれば遥佳は奴のものになるのは誰の目にも明らかだった。

 それなのにあのぼんくらときたら、全く行動を起こす気配をみせないのだ。全くイライラさせる男だと安野は思っていた。

 そればかりか、西沢は柴田真宏しばたまさひろの面倒ばかり見ている。たしかに今のクラスで柴田の相手をしてやれるのは西沢だけだろう。

 安野は柴田の存在すら許せなかった。ああいう自分の欲求だけで行動する男を安野は知らない。他人の気持ちなどまるで考えられないのだ。柴田がいるだけでクラスの雰囲気はしらけてしまう。今や大半のクラスメイトが柴田が姿を現すと、さっと逃げるように距離をおくのだった。

 しかし安野はそれとは異なる態度を示している。気に入らない時ははっきりと柴田に伝える。打ち上げがある時は、必ず柴田には参加させないよう提案して回った。そのせいで柴田に憎まれたり、咎められたりしたこともあるが、全く気にならない。あいつとは絶対に相容れないと安野は思った。

 西沢が柴田にかかりつきになっていて、遥佳のことまで手がまわらないのなら、自分が遥佳の彼氏として名を挙げてやろう。今日の長瀬のことばから安野はそう思い立った。

 長瀬ははっきりと北見遥佳には何の興味もないという態度を示したのだ。これで誰が遥佳に言い寄ろうと自由だと安野は思った。西沢がはっきりとした態度を示さないなら、自分がこの手で遥佳を掴み取る。安野はそう思い込んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る