相談員の面談② (保健師 安積佑子)

「学生さんにも招待されていることだし」と沙希さきが言った。「――私、今度の金曜日に新歓行事を見てきます。柴田しばた君というのがどういう子なのか知っておいた方が良いですよねえ」

 佑子ゆうこは肯いた。家に帰れば主婦業に早変わりする佑子としてはそうした行事にボランティアで参加するのは難しいし、先日建築学科から招待されたときもそう伝えたのだった。

 しかし一方で、新歓コンパなどで未成年の新入生にアルコールを振舞う危険性について大学として啓蒙を続けている。学生課の職員が一部同席するのはそういうことを監視する目的もあった。その一人として医務室から沙希が参加してくれると面目が立つのは事実だった。

「大丈夫なの?」

 佑子は期待しつつも心配であることを沙希に伝えた。沙希はこの四月から医務室にいるが、非常勤の嘱託扱いだったこともあり、事務方による歓迎会に出たことがなかった。また佑子と年も離れているから一緒に夕食をとったり、ましてや飲みに行くということもなかった。いきなり学生も教職員も男だらけのパーティーに参加することになるのだが、果たして大丈夫なのか。

「アルコールはなるべく控えますから」

「帰りは大丈夫?」

「いざとなったら、車で迎えに来てもらいますよ」

「おうちの人に? あら、それとも彼?」

「ううん」と沙希は妙に考え込んだ挙句、「その中間くらいの人ですかね」と曖昧な表現をした。

 意味がわからない。夫だとでも言うのだろうか。しかし藤田沙希ふじたさきの履歴書を佑子も見たことはあるが、彼女は独身のはずだった。実家で父母と三人で暮らしていることになっている。

 気になってさらに訊こうとしたときに、美幌愛みほろあい北見遥佳きたみはるかの面談が終わった。

 遥佳は意外にさっぱりとした顔になっていて、面談で不安を解消したようだった。ずっと待っていた友人二人と共に美幌愛に丁重に頭を下げ、退室していった。

 沙希が美幌愛のためにコーヒーを淹れた。

「いかがでした?」

 佑子は美幌愛に丁寧に訊ねた。自分より十五以上も年が若いとはいえ、佑子は彼女をプロの相談員として敬愛している。多少無愛想な時もあるが、真面目なゆえに常に考え込んでいるからだと思うようになった。あまり根を詰めすぎて体を壊さないかという心配すらしている。

「今日、長瀬ながせ君の姿を見て」と愛は話し始めた。「やはり胸が詰まるような気分になったそうです。彼に対して怖気は感じますが、その一方で、彼が留年して一学年下の学年になったことに責任も感じていると言っていましたね」

 長瀬が休学留年したことに関して遥佳に責任はない、これはあくまでも長瀬本人の問題なのだ。

 しかしそれでも、あれほど長瀬に苦しめられた経験をしたにも関わらず、遥佳は長瀬のことをまだ思いやる気持ちがある、それが佑子には信じられなかった。あるいは遥佳はまだ長瀬のことを思っているというのか。

「北見さんはその後、新しい彼氏とかできたのかしら」と佑子は思いついたように美幌愛に訊いた。

「いえ、それはないと思います。少なくとも私の知る限りでは、彼女は長瀬君以降誰とも付き合っていないと思いますよ。むしろ男性不信に陥っていると言った方が良いかもしれません」

「そうよね」佑子は嘆息するように言った。「あの西沢君とか、彼女には良いかなと思うんだけれど」

 柴田の件で西沢春樹が面倒見の良いことを知っている。クラスでも代表のようなことを務めたりもしていたはずだ。たまに二人一緒にいることもあるからお互い悪くは思っていないと佑子は見込んでいた。

「どうでしょう、そんなに簡単にことが運ぶと良いんですが」

 美幌愛は冷ややかに言った。

 心配しているようで、ときどき冷めた目で見ていることがある。そして突き放したような態度。相談相手に向き合っている時は真剣そのものなのに、相手がいないところでは急に客観視できるようになるということか。

「あの」と、佑子と愛の話を黙って聞いていた沙希が突如口を挟んだ。「ここの大学はクラス内でカップルができることが多いのですか?」

「どこの大学でもまずはクラスメイトに気に入った相手がいれば交際を申し込むものだと思いますが」愛は超然と答えた。

「私はほとんど女子校ばかり通っていたので、ぴんと来ないのですが、こういう男子が圧倒的に多い環境下では女子はよりどりみどりみたいに感じるんですけれど、そういうものでもないんですか? クラスメイトの男子と付き合っていて、その子と別れるともう同じクラスの男子は相手にしてくれないのでしょうか?」

「さあ、どうでしょう、私も女子校だったので」と愛は言い訳のような前ふりをした上で、「しかし女子学生の相談を受けているうちにわかったことですが、よりどりみどりというほど気に入った男子はいないらしいです。それに男子は男子で、よその大学の女子学生と合コンをして彼女をつくるようで、女子たちはせっかくの数のアドバンテージを有効活用できないと嘆いていましたね」

「やっぱりそうなんですかあ、そういえばキャンパスを歩いていても、ぱっとしない男の子が多いなあと思ったんですよお」

「まあ、男あさりをしてるの?」

 つい佑子は突っ込みを入れたくなった。

「そういうわけじゃないんですが、どうもこの大学の学生さんは覇気がないというか、目がとろんとしているというか、動きが鈍いというか……」

「数はたくさんいても、女子学生の目に留まるような好男子は稀だと言いたいのね」

「そう言ってしまっては身も蓋もないのです」

「でもその通りなんでしょうね。だから新入生が入ってくる四月は学内が活性化される。新しい顔の中についつい期待してしまう、そういうことなのかしら?」

 何の話をしていたのかわからないくらい収拾のつかない展開となった。沙希と話をしているとこういうことはよくある。しかしそれを楽しめるのは沙希と佑子だけのようだ。

 美幌愛は、もういいですかといわんばかりの顔をして、記録を書かなければならないと言い訳し、退室した。

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