女子学生と女医 (保健師 安積佑子)
ふたりで話をしている様子が、開け放たれた扉を通して聞こえてくる。
やはり麻美の声は小さくよく聞き取れない。それに比べて輪島五月のよく通る声はしっかりと佑子の耳に届いた。五月に聞けばわざと聞かせるために喋っていると答えそうなくらいに。
「そう、視線が怖いのね?」
五月は麻美に確認しているようだった。
どうやら女子校あがりの麻美は、男子学生の視線を常に感じて、そのプレッシャーが酷すぎるらしい。
「自分が思っているほど、他人はあなたのことを見てはいないものよ」
お決まりの台詞を麻美に言っているようだ。まずはここから始める。麻美のようなことを口にする新入生は少なくなかった。
男子が八割以上を占めるキャンパスは実際に身をおいてみないとその感覚を味わうことはできない。共学校出身の女子学生でさえある種異様な雰囲気に圧倒されることがあるのだった。
特に理系の男子学生というのは独特の雰囲気を持っている。人とコミュニケーションが苦手であるとか、パソコンやゲームに興じているうちにすっかり肥満体になってしまっただとか、共学の高校ならあまり女生徒に相手にされなかったような輩がわんさかいるというのが佑子の印象だ。
それら男子学生に物珍しそうに見られれば意識をしないでいることの方が難しいに違いない。男子学生が多いことは予め情報として得ていただろうが、まさかこれほど異様な雰囲気をもった男たちに囲まれ、無遠慮な視線の標的になろうとは夢にも思わなかったのだろう。
もしそれだけが原因で心身とも調子を崩しているのだとしたら、いずれは回復に向かうであろうことを佑子は知っていた。これまでも似たようなケースはいくらでもいたからだ。
しかし東瀬麻美の場合、そればかりとは思えなかった。麻美自身に理系学生に特徴的な人と接することが苦手だという性格的な要因があるようだった。そして自分のことをうまく語れない彼女にはさらに何か別の要因が隠されているようにも思えるのだ。それを引き出すことができればよいのだが。
輪島五月と東瀬麻美の対話はそれなりに進行しているようだった。これは一見上手くいっているようにも見えるが、必ずしもそうではないことを佑子は知っている。
輪島五月はある意味自分のペースに酔い、すべてが自分の思うように運んでいると錯覚することがある。たくさんのことを教え、相手がすべて理解したと思い込んだりする傾向があった。
しかし相手はよく理解もできずにただ肯いていただけということもあるのだ。こうしたことはクレームを面と向かって言われたことのない人種には理解できないだろう。尻拭いはすべて周りが行う。医務室の場合は佑子たちがその役を負うことになるのだ。
東瀬麻美は一通りのことを輪島五月に伝えることができたのか、よくわからないまま話を終え、佑子たちのところへ出てきた。
「どうもありがとうございました」と頭を下げる様子に、それなりの効果があったことを期待したが、今後の動向をみないとはっきりはしないだろう。
麻美は来た時とそれほど表情を変えずに医務室を去った。
「月に一度はカウンセリングをすることになったわ。それでフォローしていくしかないからね」
五月はさすがに少し疲れたような顔をしたが、自分なりに精一杯ことばを尽くしたという自負の様子がみてとれた。
「さて、次よ次」とすでに気持ちを切り替えている。これからまだ三人ほどカウンセリングが残されていた。
まさに流れ作業だと佑子は感じた。
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