心療内科の女医 (保健師 安積佑子)
月曜日は心療内科の
午後二時から五時までのわずか三時間の間に、さまざまなタイプの学生が訪れる。その半分以上が月に一度はやって来るなじみの学生たちだった。
なかには明らかにカウンセリングを受けると称して輪島五月を見に来ているだけと思われる輩もいた。
それもある程度仕方のないことなのかもしれない。それくらい輪島五月は男の目を惹く美貌を持っていた。
彼女の顔を初めて拝見した男子学生たちはまず間違いなくはっとした表情になり、次に徐々に癒されていくのがはっきりとわかる変貌を見せた。
輪島五月の履歴書をちらりと見ることができた安積佑子は、五月の年齢が三十六歳だということを知ってさらに驚いた。どう見ても二十代後半の顔である。二十四歳の藤田沙希と並んでいても遜色はない。遠くから二人を見れば同じくらいの年齢層にも見えるだろう。学生たちの多くは少し年上のお姉さんドクターくらいにしか彼女を見ていないのかもしれなかった。
しかし一年を通して彼女を観察し、いくつか輪島五月の特徴ともいうべき点に佑子は気付いた。
まずスカートを穿いているところを見たことがない。夏の暑い時期は白の七分丈スキニーで、それ以外はほとんど黒のパンツスタイルだった。それが細く華奢な体型に見事にマッチしている。まるで雑誌モデルのようだった。
髪は全く染めていない。漆黒の髪で、日が当たると銀色に輝くようである。そのさらさらヘアを白衣を纏っている時以外はふんわりと肩や背中へ流しているのだ。
そしていざカウンセリングをするときは、それらを赤いシュシュでまとめ、細く白い首筋を露わにするのだから男性ファンには堪えられないだろう。
二つ目の特徴は、異常なほど手を洗うことだった。それこそひとり相手がすむごとに丁寧に手を洗っている。それほど洗って手が荒れたりしないのだろうかと余計な心配をしてしまうほどだった。
しかし「手荒れとかしないんですか?」という佑子の問いに彼女はクリームをつけているから全く平気だと答えた。見た目だけでなく肌まで若いのだろうかと佑子は羨むことこの上なかった。
そして最も端的に彼女の特徴を示しているのが、ある種のことに対して神経質なまでのこだわりがあることだった。
診察中に看護師の立会いを求めた降旗とは異なり、輪島五月の場合は第三者を遠ざけて一対一で面談することだったが、医務室内診察コーナーの扉を必ず開け放っておかなければならなかった。
輪島五月が言うには、カウンセリングを受ける学生の中には何らかの精神疾患を持った患者が紛れ込んでいることがあり、そうした患者が興奮した際に発動する予期せぬ行動に対処するためには、個人面談ではあるがいつでも第三者が介入してくるという印象を相手に与える必要があるということらしい。
佑子はその要望を受け入れ、常にそれに気をつけてきたが、今年から入職した藤田沙希にそのことを教えると、「要するに怖いから開けておいてということですね」とあっけらかんと言ってのけた。まさに言いえて妙と佑子は思っている。
そしてまた輪島五月は大学の教員をしていることもあるのかもしれないが、何事にも教科書的な方法をまず第一にあげ、そこには臨機応変だとか融通だとかいったものは全く見られないという姿勢を持っていた。
従来のスタイルを貫き、どうしても上手く行かないときに初めて違う方法を試すといったやり方であり、それは思い込みの激しい南部クリニックの院長にも似ていると佑子は思っている。
これだから医者という人種は扱いにくい。
そうしたことから輪島五月はいろいろと学生課に要望を出した。診察コーナーに備えておく学術書の数々や、学生のプロフィールが瞬時にわかるような検索システムを診察コーナーに設置してほしいとか、挙げたらきりがないほど金のかかることを言った。それを本部に伝え、できるわけがないと怒鳴られるのはいつも佑子の役割だった。
親を呼んで話をしたいという要望も多く、彼女が出勤する月曜日に予定を組むことにかなり苦労を要した。どうしても無理な場合は学生相談員が対処することになる。それやこれやで相談員の菅谷と美幌の負担はますます大きくなっていくようだった。
そのことを仄めかすと今度は大学に対する批判的発言が出る。輪島五月に言わせると、このくらいの規模のキャンパスなら担任制を敷いて常に学生をサポートするくらいでないとダメだということだった。
そうした負の一面を佑子だけが見てきたわけだったが、それ以外は総じて評判が良い。学生の話はじっくりと聞くというのは間違いないし、学生課や教職員に対しても愛想が良かった。鼻歌交じりに診察コーナーへ向かう姿を見ると、今日は機嫌が良いので特に要望は出ないようだと佑子はほっと胸をなでおろすのだった。
その日も、何人かの男子学生の話を聞いた後、少し時間ができてお菓子を藤田沙希も含めて三人で食しているときだった。
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