誰が女子学生の相談に対応するか (保健師 安積佑子)

 麻美まみは頭痛と貧血のような感覚、めまい感などを訴えた。

 ことば足らずで、ゆっくりとぽつりぽつりと話すものだから時間がかかったが、降旗は特にあせる気配もみせずじっと耳を傾けていた。

 やがて目や喉、聴診、血圧測定といった簡単な診察があり、降旗は、特に異常は認められないこと、新学期が始まって緊張やストレスを感じたことによる体の反応ではないかと説明し、頭痛薬だけを二回分渡した。

「どうする? もう一度寝ていく?」

 佑子が確認すると、麻美は予想通り首肯しゅこうした。

 一日に二度ベッドで寝ていく学生は珍しくないが、今後もこの子はここの常連となっていくのだと思うと佑子は何だかやるせない気持ちになった。

 麻美をベッドに寝かせ、沙希のところに話を聞きに行く。

 麻美の同級生二人は授業があるのですでに退室していた。

「お友達は何か言っていたかしら?」佑子は沙希に訊いた。

「そうですね、友達二人のうちひとりは東瀬さんの高校時代からの同級生らしいんですが、昔から貧血や頭痛はよくあることだと言っていましたね。ふだんは平気なんですが、突然体調が悪くなるらしいです。今回のは環境が変わったことが大きいのではないかと友達は言ってましたよ」

「やっぱりそうなの、じゃあ相談員の美幌みほろさんを呼んだ方が良いってことね」

 美幌愛みほろあいは東瀬麻美が来たら声をかけて欲しいと言っていた。だから呼べば来るだろう。何でもカウンセラーに任せるのが良いとも思えないが、かといって自分に何か良い方法が浮かぶとも思えなかった。

 沙希とふたりして診察室にいる降旗ふるはたを訪ねた。

 東瀬麻美が今朝方駅で延着証明を巡ってひと悶着起こしたエピソードをこっそりと話し、カウンセラーが間に入った方が良いだろうかと意見を聞いた。

「そうですね」と降旗はあっさりとその方法に賛成した。「女性のカウンセラーが本人から話をきいたりしてフォローした方が良いケースですね。内科的にはそれほど問題ないと思いますよ」

「週に一度心療内科の先生が来られているんですけれど、そちらの先生にも相談した方がよろしいでしょうか?」

「確か輪島五月わじまさつき先生ですよね?」

「先生、ご存知なんですか?」

「面識はありませんが、お名前は存じていますよ。帝都大の心身医学の准教授でしたね。若い女性の診療には最適だと思いますよ」

「そうですか」

 口では同意する姿勢を見せたが、女医の輪島五月が最適だと思い切れない自分を佑子は見つけていた。

 輪島五月は大学の研究者としては、面識のない降旗に名を知られるほど著明な存在だったのかもしれないが、実際のところ完璧に頼って良いと思うほど佑子は信頼を寄せていなかったのだ。

 どうも彼女の場合教科書的すぎるがある。そして、学生の話を聞いている時の親密で真剣な眼差しと、本人がいないところでのケースカンファレンスで論文の中の一ケースのように学生たちを扱うこととのギャップに佑子は戸惑いを覚えていた。

 輪島五月にとってここの学生は興味ある実験対象のようなものではないのか。

 それならば、まだ初対面で正体がつかめていないとはいえ、目の前にいる降旗の方がカウンセリングに向いているような気がしたのだった。

「ぼくはだめですよ」と降旗は佑子の心を読んだかのように予防線を張った。「女の子の心がわかるほど繊細な人間ではないです」

「そんなことないでしょう」と佑子はおだてにまわる。沙希もにっこりと頷いた。

「いや、ぼくはだめです、女心が理解できない人間でして、それが原因で女房子供に逃げられました」

「え、そうなんですか?」

「そうです、バツ一人間です」

 照れたような顔をして降旗は机に向かった。もう話は聞く気がないらしい。

 仕方なく佑子は沙希とともに退散した。残念なことこの上ない。となれば、やはりまずは相談員の美幌愛に連絡をいれるしかないのか。

 ふと沙希の方を見ると、米家聖子が来ていた時より明らかに機嫌が良くなっている。鼻歌でも聞こえてきそうな雰囲気だった。

 それが降旗が現在独身だと知ったことが原因だとしたら、沙希もゲンキンな子だと佑子は思った。しかし沙希にも交際相手くらいいそうなものだが。

 美人看護師が入ったという噂を聞きつけて、学内の独身職員がこれまで毎日のように医務室を訪れている。中には露骨に沙希を誘う輩もいたが、彼女はそれに対してことごとく断りを入れていた。その頑なな態度に当然交際相手がいるものと佑子は思っていたが、そうでもないようだと、今回の降旗の登場で思いなおすことにした。

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