エピローグ「ひとりぼっちじゃない」
――あれから時は過ぎ、十月。
夏の暑さが和らいできて、次は寒い季節がやって来るのかと、俺は思っていた。
俺は変わらず勉強に精を出している。いつも言っているが、まだまだ学ぶことは多い。勉強オタクに休みなんてないのだ。
……だが、ちょっと困ったことがあった。
いや、もう困ったことではないかもしれない。
『今日は天気もよくて暖かいねー! ねえねえ、日本はこれから寒くなっていくのかな?』
『そうですね、どんどん秋から冬になっていきますね。寒い時期にしか楽しめないこともあると思いますよ』
俺の両隣から流暢な英語が聞こえる。何度も言うがここはアメリカではない。日本だ。
今は昼休み。体育館の裏の誰もいないところに、俺とリリアさんと黒瀬さんは、いつものようにやって来た。もう昼休みはこの三人で過ごすのが当たり前となっている。
八月にリリアさんはフランスへ行った。おじいちゃんが入院するためだったが、おじいちゃん自身はけっこう元気で、二週間ほどで退院できたらしい。よかったなと思った俺だった。
その後、九月の上旬にリリアさんは日本に戻って来た。フランスのお土産をたくさん渡された時はちょっと申し訳ない気がした。でも、リリアさんは戻って来てすぐに俺のところに顔を出してくれて、俺は嬉しかった。
『ちょ、ちょっと二人とも、なんで俺を挟んで会話するんだ、隣に行けばいいだろ』
『えー、ショウタが真ん中じゃないと面白くないよー』
『そうですよ、両手に花で、綿貫くんも嬉しいでしょう』
『え、あ、ち、近――』
ぐいぐい迫って来る女の子二人。相変わらずこんな感じで、俺は二人に押されっぱなしだった。これが男の宿命というやつか……何を言っているのだろうか。
と、とりあえず昨日買っていたパンを食べていると、
『あ、そういえば、もうすぐ文化祭? っていうのがあるんだよね?』
と、サンドイッチを食べていたリリアさんが訊いてきた。
『ああ、そういえばそうだったな、うちのクラスは何をやるんだっけ』
『綿貫くんは本当にそういうところ抜けていますね。うちのクラスはたこ焼き屋ですよ。この前話し合ったじゃないですか』
『あ、ああ、そうだった。すまん、今まで興味がなかった癖でな……』
『ねぇショウタ、タコヤキ? って食べ物だよね? 美味しいの?』
『ああ、中にタコが入っていて、丸くてふわっとしていて美味しいよ』
『へぇー、そうなんだね、タコヤキか、覚えたかも!』
リリアさんが楽しそうに「たこやき、たこやき」と、日本語で言っていた。いつも通りの光景で俺は笑ってしまった。
『まぁでも、こうして楽しく過ごせているのは、本当にいいことですね』
お弁当を食べながら、急にそんなことを言う黒瀬さんだった。
たしかに、一時はリリアさんがフランスに戻って、会えなくなるのではないかと思っていた。以前の俺だったらそんなことはどうでもいいと思っていただろうが、今は違う。リリアさんは大切な恋人だ。そして黒瀬さんも大切な友達だ。
リリアさんと出会って、初めて『友達』というものの大切さを知った。勉強だけでは分からない、とてもいい経験をさせてもらった。俺は感謝している。
『……そうだな、リリアさんも、黒瀬さんも、ありがとう』
『え? ショウタ? 私何もしてないよ?』
『あ、い、いや、俺はひとりぼっちだったから、こうして話せる友達ができてよかったなという意味で……って、説明していると恥ずかしいな……』
『あ、なるほどー! えへへ、ショウタ、大好きだよ』
リリアさんがそう言って俺の腕に抱きついてきた。だ、だから黒瀬さんもいるし、学校ではやめてくれないかな……と言っても、届きそうになかった。
『二人とも仲良しですね。とてもいいことです。あ、別に羨ましいとか思っていないので、勘違いしないでください』
『お、おう、でも、なんか前より学校が楽しくなったよ』
『私も一緒です。お二人にはとても感謝しているというか。これからもよろしくお願いします』
『あ、よろしくお願いしますって、日本語で言えるよ!』
リリアさんが笑顔で「よろしくおねがいします」と、日本語で言った。
「あ、ああ、よろしくお願いします」
俺も慌てて同じ言葉を返す。ちょっと恥ずかしかった。
『そうだ、二人とも、ここから日本語で話してくれない? 私頑張る!』
笑顔のリリアさんが、可愛く見えた。
…………。
……これは本心だ。
きっとこれから先も、楽しいこと、辛いこと、色々なことがあるだろう。
それでも俺は、ひとりぼっちではない。
楽しそうに日本語で話すリリアさんと黒瀬さんを見て、みんなで一緒に頑張っていこうと思った。
綿貫翔太、高校二年生。
勉強しか興味がなかったが、転校生に翻弄されるのも、悪くないと思えた。
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