第52話「リリアさんの旅立ち」

 八月十八日、日曜日。


 今日からしばらくの間、リリアさん一家はフランスに行くことになる。

 俺は見送りをするため国際空港まで一緒に来た。リリアさんがずっと俺の手を握っていたのは恥ずかしかったが、ニコニコ笑顔で楽しそうなのを見ると、まぁいいかと思えた。


『ショウタくん、わざわざ来てくれてありがとう。しばらくリリアはいないけど、寂しくて泣いたりしないでくれよ。あっはっは』


 お父さんがスッと手を出してきたので、俺も手を出して握手をした。俺とリリアさんがお付き合いすることになったのは、お互いの家族は知っている。うちの両親はお祝いだとか言ってケーキまで買ってきた。本当に恥ずかしい。


『あ、は、はい、泣くことはないかと……あはは』

『ショウタくんみたいな立派な青年が、リリアのそばにいてくれることは、とても嬉しいものだよ。なぁママ』

『ほんとねー、お付き合いするのは時間の問題だとは思ってたけど、ついに来たわねぇ。翔太くん、日本に戻って来たらリリアをよろしくね』

『あ、は、はい、こちらこそよろしくお願いします……あはは』


 お父さんにもお母さんにも、反対されなくてよかったと思った俺だった。


『おにいちゃん、リリアとけっこんした。エマのほんとうのおにいちゃんになった』


 俺の足にぎゅっと抱きついてきたのは、エマちゃんだ。な、なんか違うけど、エマちゃんにはそう見えてるのかな……。


『あ、いや、まぁ、結婚はまだ早いんじゃないかな……あはは』

『ショウタ、来てくれてありがとうね。私もみんなも嬉しい。日本に戻って来たらデートしようね!』

『あ、わ、分かった、その日を楽しみにしてるよ』

『ふふふ、ショウタが寂しくないように、私からおまじないするね。ショウタ、横向いて』


 横? と思ったが、言われるがままにリリアさんの方ではなく、横を向いた。すると俺の頬に何か柔らかいものが当たった……って、こ、これは……!?


『……あ、り、リリアさん……?』

『ふふふ、ショウタ赤くなってる。可愛いところあるね』

『……あ、そ、そういえば、前にもこんなことがあったなと……なんか急に恥ずかしくなってきた……!』


 わたわたと慌てる俺。リリアさん一家はみんな笑っていた。な、なんか押されっぱなしだな……。


『……じゃあ、ショウタ、行ってきます!』

『ああ、気をつけて。帰り待ってるよ』


 いつものフランス語での会話。

 これが日常になったのも、リリアさんと出会ってからだ。

 学校ではひとりぼっちだった俺を、いい意味で変えてくれたリリアさん。

 リリアさんには、感謝でいっぱいだ。


 リリアさんたちは見えなくなるまでこちらに手を振っていた。俺も手を振る。しばしの別れだが、仕方ない。リリアさんたちが見えなくなって、俺は帰ろうと搭乗口を離れたその時、ポケットの中でスマホが震えた。RINEが来たみたいだ。


『リリアさんは、行きましたか?』


 送ってきたのは黒瀬さんだった。あれから黒瀬さんにもこれまでの出来事を話していた。リリアさんは日本に戻って来ること、俺とリリアさんはお付き合いを始めたこと。俺はロビーの椅子に座って返事を送る。


『ああ、今飛行機に乗り込んでいったよ』

『そうですか、私も行きたかったのですが、家の用事があって。すみません』

『いやいや、大丈夫だよ、気にしないで』

『ありがとうございます。それにしても本当によかったですね、リリアさんが日本に戻って来ること』

『そうだな、俺の勘違いで本当によかった。戻って来るのは九月になるかもとは言ってたけど』

『まぁ、しばらくは寂しいですが、私たちもリリアさんが戻って来た時のために、しっかりと学校に行かないといけませんね』

『ああ、そうだな。また三人で昼飯が食えるな』

『あれ? いいのですか? 私がいたらお邪魔でしょう。リリアさんとイチャイチャできませんし』

『え!? それはさすがに……』

『まぁでも、私も入れてくれてありがとうございます。あ、別に羨ましいとか思ってないので、勘違いしないでください』

『お、おう、分かった……』

『飛行機を見送ってあげてください。たしか屋上で見れたはずですので』


 黒瀬さんの言葉を見て、俺は立ち上がって屋上へと行った。飛行機がたくさんあってよく分からないが、大きな飛行機が一つ飛び立つために動き出している。時間的にもあれではないかなと思った。


 滑走路を走り、飛び立つ飛行機。だんだん小さくなっていく飛行機を、俺はずっと見上げていた。

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