第50話「自分の気持ち」

『……ショウタ、たくさんたくさん、ありがとう。じゃあ、またね』


 リリアさんの声が、ずっと耳から離れない。


 俺は落ち着かなくなって、ある人に通話をかけた。


「も、もしもし」

「もしもし、ああ、綿貫くん、どうかしましたか?」


 ある人とは、黒瀬さんだ。まぁ俺は友達が少ないから、こういう時に通話をかけられる人なんて限られるんだけど。


「そ、それが、その、あの……」

「……何かあったみたいですね、落ち着いてください。ゆっくりと、話せることから話してください」


 落ち着いた声の黒瀬さんだった。それが今の俺にはありがたいというか。


「そ、それが、さっきリリアさんが、フランスに戻ることになったと言って……急なんだけど、十八日に向こうに行ってしまうみたいで……」


 なんとか話すことができた俺だった。


「……なんと、そうでしたか。リリアさんがフランスに戻る……それは考えてもいないことでした」

「お、俺も同じような感じで……そ、それで、なんか落ち着かなくなって、黒瀬さんに聞いてもらいたいと思って……すまん」

「いえいえ、私でよければお話できますよ。そうですか……リリアさんもきっと心苦しいでしょう。せっかく日本に来て、綿貫くんや私とお友達になって、これからだという時に」

「あ、ああ……俺も初めて友達ができて、色々なことを知ることができたんだけどな……」


 今話したように、リリアさん、黒瀬さんと友達になって、よかったと思えることはたくさんある。ひとりぼっちの時には気づけなかった、友達というもののよさ。それは間違いなく俺の今後の人生において、大事なものになってくると思う。


「そうですね、綿貫くんはひとりぼっちでしたからね……まぁ、私も似たようなものですが。それはいいとして、綿貫くん、このままさようならするつもりですか?」

「……え?」

「せっかくお友達となったリリアさんと、このまま何も言わずに会えなくなってもいいのですか? きっと後悔しますよ」


 黒瀬さんの言葉に、俺は奥歯をぐっと噛み締めた。

 たしかに、このまま何も言わずにさようならすると、後悔すると思う。リリアさんに自分の気持ちをなんとか伝えたい。リリアさんのことが好きだという、この気持ちを……。


「……そうだな、黒瀬さんの言うとおり、ここで言わないと、ずっと後悔しそうな気がする」

「そうですよ。綿貫くんは、リリアさんのことが好きなのですよね」

「え、あ、な、何も言ってないのだが……」

「恥ずかしがらなくていいのですよ。綿貫くんの気持ちが大事です。リリアさんが遠くに行ってしまう前に、伝えてあげてください。きっとリリアさんも喜ぶと思います」

「そ、そうかな、俺の一方的な想いのような気もするのだが……」

「そんなことないですよ。リリアさんもきっと同じ想いです。傍から見てると分かるものですよ」

「そ、そっか、そんなもんなのか……」

「はい。何も悪いことではありません。とてもいいことだと思います。私もいつか恋をしてみたいものです」

「ま、まぁ、黒瀬さんも、か、可愛らしいし、この先恋をすることもあるんじゃないかな……」

「そうだといいですね。それにしても不思議ですね、つい数か月前まで話したこともほとんどなかったのに、今こうして恋の話までしているなんて。人間、何があるかわからないものですね」


 黒瀬さんの言葉に、俺も同じような思いだった。

 数か月前まで俺はひとりぼっちで、クラスメイトなんてどうでもいいと思っていた。

 しかし、リリアさんが転校してきたところから、俺は変わっていった。

 どうでもいいと思っていた友達というものも、悪くないと思えた。

 一緒に勉強したり、一緒に遊んだり、一緒に話したり、一人で勉強しているだけでは分からない、いい経験がたくさんあったのだ。


「そうだな、俺も同じような思いだよ。リリアさんや黒瀬さんがいてくれて、よかったなって思ってる」

「こちらこそです。私もなんだか以前より前向きになったかもしれません。前にも言いましたが、リリアさんがいたからこそ、こうしてお友達になれたのでしょうね」


 リリアさんの明るい性格が、ひとりぼっちだった二人を救った……なんて言うとカッコつけてるかもしれないが、きっとそうなのだろうなと思う。


「……それはいいとして、時間があまりありませんね。綿貫くんとリリアさんは同じマンションでしたね。早く行って、気持ちを伝えてください」

「分かった、ありがとう、そうするよ」

「二人の仲がうまくいくことを願っています。それじゃあまた」


 黒瀬さんとの通話を終えた俺は、無意識のうちに動き出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る