第49話「突然の通話」

 休みというのはあっという間に過ぎていく。

 不思議なもんだな、学校へ行っている時よりも時が経つのが早い気がする。この前夏休みになったばかりだと思ったのだけどな。


 まぁそんなことはどうでもいい。俺はいつも通り勉強に精を出していた。それでこそ勉強オタクというものだろう。

 夏休みの課題はとっくに終わったので、自分が学びたいことをどんどん学んでいる感じだ。フランス語も学ぶのを忘れない。まだまだ知らないことは多いのだ。


 ……フランス語といえば、リリアさんだ。

 あれからもリリアさんはたまにうちにやって来て、俺は勉強を教えたりしている。『なるほどー、分かったかも!』と、笑顔で言うリリアさんが可愛く見えた。


 ……ん? 俺は何を考えているのだろうか。たしかにリリアさんは顔が整っていて綺麗だが、あくまで友達だ。それ以上の感覚はリリアさんにとっても失礼といったものだろう。


(……気が付くとリリアさんのことを考えている自分がいるな……)


 不思議だった。友達というのはそういうものなのだろうか。今まで友達がいなかったから、よく分からないのだ。ノートにペンを走らせながら、俺はそんなことを思う。

 その時、スマホが鳴った。通話がかかってきたみたいだ。俺はその通話に出ることにした。


『もしもし、どうした?』


 いつものフランス語での挨拶。もちろんスマホの画面にリリアさんの名前があったからだ。

 しかし、もしもしと言ってもリリアさんの反応がない。スマホを操作していて間違えてかけてきたのかな。


『もしもし? リリアさん?』

『……ショウタ』


 やっと聞こえてきたリリアさんの声は、いつもと違う気がした。いつもなら元気よく挨拶をしてくるはずだ。最近は日本語での挨拶も覚えたから、挨拶をするのも嬉しそうだったのを覚えている。


 俺の名前を呼んだリリアさんは、その後話そうとしない。間違えてかけてきた……というわけではなさそうだが、何かあったのだろうか。


『リリアさん? どうした?』

『……ショウタ、私……フランスに……』


 ぽつぽつとリリアさんの声が聞こえる。フランス? フランスがどうかしたのだろうか。今話しているのはフランス語だが、それではないよな……。


『フランス? フランスがどうかしたのか?』

『……私、フランスに戻らなきゃいけないの……私だけじゃなくて、パパもママもエマも……急なんだけど、十八日に行くことになった……』


 なるほど、フランスに戻ることになったと。 


 …………。


 ……俺は思考が停止した。


『え、あ、ふ、フランスに……戻る……?』

『……うん、おばあちゃんがね、戻って来てって……それで、行く前にショウタにお礼が言いたくて……』


 そう言ったリリアさんが、


「ショウタ、ありがとう」


 と、日本語で言った。


 いつもならよくできたなと思える日本語も、今の俺には届かなかった。


 リリアさんが、遠くへ行ってしまう……?


 別に、今生の別れというわけではない。日本とフランス、たしかに遠いが、全く会えなくなるわけではないだろう。でも、今までのように一緒に登下校したり、一緒に勉強したり、一緒に遊んだりすることができなくなってしまう。

 俺は何も言えないでいた。リリアさんも何も言わない。沈黙の時間が流れていた。

 どうしよう、こういう時何と言えばいいのか分からなかった。『そっか、元気で』と言うのもなんだかそっけないし、『行かないでくれ』と言うのもなんだかおかしい。俺は頭の中でぐるぐると考えていた。


『……ショウタ、たくさんたくさん、ありがとう。じゃあ、またね』


 それだけ言うと、通話は切れてしまった。


 リリアさんの声が、耳から離れない。


 最初は朝、リリアさんが学校までの電車が分からなくて、教えてあげたところだった。

 そしたらうちのクラスへの転校生だったリリアさん。俺の隣の席になり、嬉しそうな笑顔を見せていた。

 その後、なんと家のマンションも一緒ということが分かり、驚いたことも覚えている。


 それから、リリアさんといろんなことをしてきた。勉強したり、遊びに行ったり、スポーツをしたり、友達というものを知らなかった俺は、リリアさんのおかげで、大事なものなのだなと気づくことができた。


 リリア・ルフェーブル。


 明るい栗色のショートカットで、目が二重で大きく、少し彫りが深く、鼻も高く、どこかハーフを思わせるような顔立ちの女の子。


 勉強が好きで、スポーツもできる、可愛らしい女の子。


 ……俺は、リリアさんが、好きだ。


 友達としてはもちろんだが、それ以上に、リリアさんのことが好きだということに気が付いた。


 嫌だ。離れたくない。遠くに行かないでほしい。

 心臓の音が、ハッキリと聞こえてくるようだった。


 落ち着かなくなった俺は、ある人に通話をかけることにした――。

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