第36話「翔太くんの絵心」
七月、暑さ本番という感じで、気温がどんどん上がっていた。
今日は選択科目である美術がある。うちのクラスは特進科なので、選択科目は強制的に決められていたのだった。それも理不尽のような気がするが、仕方ない。大人の事情というのもあるのだろう。なんだそれ。
『ねぇショウタ、今日はどんなことするのかなー』
俺の隣からフランス語が聞こえてくる。もちろんリリアさんだ。リリアさんは本当に学校の授業を真面目に受けているな。いいことだなと思う。
『ああ、何だろうな、これまで絵を描いたり彫刻を彫ったりしてきたけど』
『うん! 私、美術も好きだよー! なんか楽しい!』
やはり楽しそうなリリアさんだった。
そんなことを話していると、先生がやって来た。「はーい、みんな席についてー」という声で席に着く。ここ美術室でもリリアさんは俺の隣にいた。席は自由だから隣じゃなくてもいいのにな……と思っていたが、ちょっと嬉しいのはここだけの話だ。
「じゃあ今日は、人間のモデルを使って絵を描いてみましょうか。モデルは……そうですね、リリアさんにやってもらうことにしましょう」
先生がそう言うと、みんなの視線が一斉にリリアさんの方に向いた。リリアさんは不思議そうな顔をしている。さすがに日本語が分からなかったかな。
『あれ? みんな私を見ているけど、何かあった?』
『あ、リリアさん、リリアさんをモデルにして、絵を描くらしいよ』
『ええー!? 私がモデルなの!? い、いいのかなぁ』
「綿貫くん、ごめん、リリアさんにこっちに来るように言ってもらえるー?」
先生が呼んでいるので、俺はリリアさんに前に行くように説明した。リリアさんが「はい!」と日本語で言って、みんなの前に行く。
「じゃあリリアさんはここに座ってもらって……Please sit down」
リリアさんはコクコクとうなずいて椅子に座った。
「それではみんなはリリアさんを見て、鉛筆で自由にリリアさんを描いてみましょう。綿貫くんごめん、リリアさんになるべくじっとしてもらえるように言ってくれるかな?」
相変わらずうちの先生は英語もフランス語もダメな人が多いな……と思ったが、そんなことは口にせずにリリアさんに『なるべくじっとしておいてね』と伝えた。リリアさんは『うん! で、できるかな……』とちょっと緊張しているようだ。
そのリリアさんを見ながら絵を描いていく。こうして見るとリリアさんは顔も整っていて綺麗で、スタイルもいいよな……。
……はっ!? お、俺は何を考えているのだろう。今は授業中だ、真面目にやらないと……と思ってリリアさんを見ながら絵を描いていく。輪郭は……こんなもんか、目と鼻と口と……髪の毛はショートカットだからこのくらいかな。
しばらくリリアさんを見ながら描く時間となった。リリアさんは言われた通りにじっとしていることができているみたいだ。けっこう明るく元気なリリアさんだからちょっと心配だったが、どうやら問題ないようだな。
……と思っていたら、俺とバッチリと目が合ってニコッと笑っていた。
……ちょっとだけ嬉しかったのは、ここだけの話だ。
……って、何回これを思えばいいのだろうか。
「みんな描けてるかなー、あ、澤口さんは陰影がうまく表現できてて上手ねー、山本くんはもうちょっと大きく描いてもよかったけど、まぁいいか」
先生がみんなの絵を見ながら感想やアドバイスを行っている。俺もそこそこ描けたと思うんだけど、どうだろうか。リリアさんを絵に描くって不思議な感じがするな。
「綿貫くんはどう? しっかりできて……あ、な、なかなか特徴的な絵になったね。いいと思うよ」
先生がちょっと笑顔でそう言った。あ、あれ? 特徴的な絵なのだろうか。俺にしてはよくできている方だと思ったんだけどな。
「はい、じゃあ細かい仕上げはあるとして、リリアさんにみんなの絵を見てもらいましょうか」
先生が「Please stand up みんなの絵、見て」とジェスチャー付きで言うと、リリアさんが立って、クラスメイトの絵を見ていった。『おおーすごい!』『これ私ー!?』と英語で言うリリアさんは、なんだか楽しそうだ。
『ショウタ! ショウタも描いたー!?』
リリアさんが楽しそうに俺のところにやって来て、俺の絵を見た……と思ったら、なんか固まっているリリアさんがいた。あ、あれ? なにかあったのだろうか?
『……抽象画?』
『え!? い、いや、普通の絵なんだけど、なにかおかしいかな……?』
『う、ううん、こ、個性的な絵でいいと思うよ!』
……そう、どうやら俺は、絵心があまりないようだった。
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