第37話「にほんごおしえて」

 ある土曜日、俺はいつものように勉強をしていた。

 クラスで一番、学年で一番だったが、それに安心することなくしっかりと勉強しておかなければならない。勉強オタクもここまでくると立派だな。


 しばらく英語と数学の予習をしていた。二年生になって学ぶこともどんどん増えてきた。俺はそれが嬉しいというか、もっと頑張ろうという気持ちになる。

 特にリリアさんに教えているから、テストの出来が悪くなるということはあってはならない。どちらもしっかりと頑張ってこその勉強オタクだろう。


(……まさか俺がリリアさんに勉強を教えているなんてな、不思議な感じがするというか)


 ピンポーン。


 これが友達というものか……と思っていたその時、インターホンが鳴った。あれ? 誰か来たのかなと思って出てみると――


「あ、ショウタ、こんにちは!」


 日本語でそう言ったのはリリアさんだ。こんにちはもしっかり覚えたようだな……って、隣にはエマちゃんもいる。二人でどうしたのだろうか。


「あ、こんにちは」


 俺は日本語で挨拶した後、話を続けた。


『あ、あれ? どうした? 今日は学校は休みだけど』

『それがね、エマが日本語を教えてほしいって言ってたんだけど、私じゃうまく教えられないところもあってね、ショウタに教えてもらいたいなと思って!』

『おにいちゃん、にほんごおしえて』

『あ、ああ、そういうことか。分かった。ここじゃあれだし上がって』


 俺が上がるように促すと、『ありがとう! おじゃまします!』と言ってうちに上がった。そのまま俺の部屋に案内する。


『ここ、おにいちゃんのへや?』

『ああ、そっか、エマちゃんは初めてだったね。うん、俺の部屋だよ』

『おにいちゃんのへや、きれい。ここでリリアといちゃいちゃしてる』

『え!? い、いや、それはない……かな』

『え、エマ!? ご、ごめんね、ほんと変な言葉覚えてるな……』


 恥ずかしそうなリリアさんだった……って、お、俺も恥ずかしいのだが……。

 そ、それはいいとして、エマちゃんに日本語を教える。テキストを持って来ていたので見てみたら、ひらがな、カタカナ、挨拶、モノの名前などが書かれてあった。


『エマちゃんはひらがなとカタカナ、けっこう覚えた?』

『うん、わかるようになってきた。エマえらい?』

『うん、偉いね。ちょっと順番に読んでみようか』


 俺がそう言うと、エマちゃんが「あ、い、う、え、お……」と続けて五十音を発音していく。


『あ、私も分かるよー! この前テストにも出たし!』


 リリアさんもエマちゃんと一緒に、「た、ち、つ、て、と……」と発音していた。二人とも大丈夫みたいだな。


『うん、二人とも大丈夫みたいね。エマちゃん挨拶は分かる?』

『よくわからない……おにいちゃん、おはよう、おやすみはどういうの?』

『ああ、こう言うよ』


 俺は日本語で「おはよう、おやすみ」と言った。


『そっか、オハヨウと、オヤスミ』

『そっかー、おやすみってオヤスミって言うんだね! 覚えたかも!』


 リリアさんが笑顔で「おやすみ、おやすみ」と言っていた。ま、まぁ、楽しそうでなにより。


『おはよう、こんにちは、こんばんは、は、覚えておいた方がいいかもね。たぶんよく使うと思うよ』

『そっか、にていてむずかしい。でもエマおぼえる』

『うん、大丈夫だよ。少しずつ覚えていくからね。リリアさんも少しずつ覚えてきてるよね』

『うん! 少しずつ覚えてきたよー! 挨拶はもう大丈夫かな!』

『それはよかった。あ、ちょっとお茶持ってくるよ』


 俺はキッチンへ行って、三人分のコップとお茶を用意して、部屋に戻った。


『はいどうぞ』

『おにいちゃん、ありがとう。あ、ありがとうはどういうの?』

『ああ、それはリリアさんに教えてもらおうか』

『あ、分かるよー! こう言うんだよ!』


 リリアさんが「ありがとう」と日本語で言った。


『そっか、アリガトウ、か、エマおぼえた』

『えへへー、私もできるようになったでしょー! あ、お茶は日本語でどう言うんだろう?』

『ああ、お茶は……』


 俺は「お茶」と日本語で言った。


『なるほど、オチャかー、全然違うものだねー』

『そうだな、フランス語や英語とは全然違う言葉も多いかもね。和製英語といって、英語に似たような単語もあるけど』

『へぇー、そういうものがあるんだねー、英語に似てるなら覚えやすいかもしれないなぁ』

『そうだね、少しずつ覚えていくといいよ。エマちゃん、他に分からない単語ある?』

『あ、これ、わからない』


 俺たちはしばらく日本語の勉強をしていた。リリアさんもエマちゃんも嬉しそうに日本語を話して覚えていく。それもまたいいことだなと思っていた俺だった。

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