第24話「れんしゅうしてみる」

『わぁ、ここならバレーができそうだね!』


 流暢なフランス語が聞こえる。嬉しそうなリリアさんだ。

 日曜日、俺たちは家の近くの広場に来ていた。ここは一応公園ということになっているが、遊具がある場所と、学校のグラウンドのような広い場所があった。広場では一応ボールが使えるので、問題ないだろう。


 リリアさんは家にバレーボールとバスケットボールとサッカーボールがあるらしく、今日は全部持って来ていた。なかなかそれもめずらしいと思うが、まぁあるのなら練習もできるし、たまには身体を動かすのもありかなと思った。


 ……が、俺の左手をきゅっと握る女の子がいた。エマちゃんだ。今日は学校が休みということで、エマちゃんも一緒に遊ぶことになったのだ。


『おにいちゃん、リリアと、ばれーぼーるするの?』

『ああ、うん、エマちゃんはちょっとだけ見ててくれるかな? あとでお兄ちゃんとサッカーしようか』

『うん、さっかーぼーる、エマがける』


 嬉しそうなのはエマちゃんも一緒のようだ。


『よーし、もうすぐある球技大会のために、身体動かしておかないとねー! ショウタ、まずはボール打ってくれない? 私レシーブするんで!』

『お、おう、俺ができるのか分からないが、やってみるよ……こんな感じでいいのかな』


 とりあえず俺はリリアさんに言われた通り、ボールを上げてスパイクのように軽く打ってみた。リリアさんがそれをレシーブする。俺のところにちゃんとボールが戻って来た。おお、リリアさんけっこうできるみたいだな。


『まだまだぁー! ショウタ、もっと強くいいよ!』

『え、あ、なかなか難しいんだが……こうかな』


 もう一度ボールを上げて、今度は強めに打ってみる。リリアさんはすぐに反応してしっかりとレシーブをした。おお、すごいな。リリアさんは運動ができる女の子だったのか。


『リリアすごい、おにいちゃんもすごい』

『あはは、いやいや、俺はそうでもないけど、リリアさんはすごいね、こんなにできるとは思わなかったよ』

『ふっふっふー、私を甘く見ちゃいけないよー! 今度はトスの練習しようか、ボールを上げて続けてみよう!』

『え、お、俺うまくできるかな……』


 うまくできるか自信がなかったが、リリアさんとトスの練習をする。俺も足手まといにならないようにしっかりとリリアさんに返す。


 ……まさか俺が休みの日にこうして友達と運動しているなんて、少し前の俺に言うとびっくりしてしまうだろうな。運動自体は嫌いではないが、スポーツとなるとどうしても一人ではやりにくい。なんかこうして誰かと一緒に身体を動かすのも悪くないなと思った。


『ふぅ、けっこう続いたもんだね! あ、エマが見てるだけになっちゃったね、三人でサッカーしようか』

『うん、エマ、ぼーるけってみる』


 そう言ってエマちゃんが『えいっ』と言いながらサッカーボールを蹴った。コロコロと転がってしっかりと俺のところまで届いた。


『おお、エマちゃん、上手だよ。今度は受け止められるかな』

『うん、だいじょうぶ、おにいちゃんけって』


 今度は俺がエマちゃんにボールを優しく蹴る。コロコロと転がっていって、エマちゃんが足でしっかりと止めることができた。


『エマ、上手だね! 今度は私に蹴ってみて』

『うん、リリアにける』


 そんな感じで三人でサッカーボールを追いかけていた。リリアさんもエマちゃんも楽しそうだ。よかったなと思った。


『あ、ちょっと自販機で飲み物買ってくるよ』


 汗をかいてきたので、俺は公園の近くにあった自販機に行って、スポーツドリンクとお茶を買った。三本持って公園に戻る……と、リリアさんとエマちゃんのところに知らない男の子たちがいた。小学生くらいだろうか。何をしているのかなと思ったら、


「わー、ガイジンがいるー!」

「マジだー、なんかこえー! おい、おまえらじゃまだ!」


 という声が聞こえてきた。エマちゃんの友達……ではなさそうだな。二人は日本語が分からないのだろう、どうしたらいいのか分からないような顔をしていた。俺は駆け寄って、


「おい、お前ら! なんて口の利き方してるんだ。向こうが空いてるだろ、あっちで遊べ」


 と、言った。


「……あ、やべ、おおきなひときた」

「……おい、にげるぞ」


 男の子たちは逃げるようにして公園を出て行った。


「まったく、悪ガキはどこにでもいるな……あ、ごめん」


 俺は日本語で話しているのに気がついて、頭をフランス語モードにする。


『二人とも大丈夫? 何かされなかった?』

『ご、ごめんショウタ、ありがとう。なんて言っているのか分からなくて……』

『そっか、仕方ないよ、ああいう悪ガキがたまにいるんだ、エマちゃんは大丈――』


 そう言っていると、エマちゃんがぎゅっと俺の足に抱きついてきた。ぐすんぐすんと鼻をすする音も聞こえる。怖かったのかもしれない。

 俺は腰を落として、エマちゃんを抱きしめてあげた。

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