第20話「リリアさんのお礼」

 リリアさんと定食屋に入り、メニューを二人で眺めていた。もちろん日本語なので、俺がリリアさんに説明してあげた。


『へぇー、ご飯と、スープ? と、このフライみたいなものは何?』

『ああ、これはとんかつだな、スープは味噌汁だね。とんかつは豚肉に衣をつけて揚げてあるんだよ』

『へぇ! 私これにしようかな! トンカツって言うんだね!』


 リリアさんが嬉しそうに「とんかつ、とんかつ」と日本語で言っていた。ま、まぁ、楽しそうでよかった。

 俺は迷ったが、親子丼にした。メニューを見て美味しそうな気がしたからだ。

 注文をしてしばらく待っていると、とんかつ定食と親子丼が運ばれてきた。おお、鶏肉も大きいみたいで美味しそうだ。


『すごーい! これが日本食かぁ! あ、食べる前には……』


 リリアさんがそう言った後、「いただきます」と日本語で言った。おお、覚えたみたいだな。俺も「いただきます」と言って食べる……うん、ほんのり甘くて卵もとろとろで美味しい。


『リリアさん、美味しい?』

『うん! 美味しい! このサクサクしたお肉が不思議な感じ!』


 リリアさんが、「おいしい、おいしい」と日本語で言った。美味しいならよかった。

 大満足の昼食をいただいた後、またのんびりと街を散策してみることにした。リリアさんは『あ、ポキモンのぬいぐるみがある!』と言って、グッズショップに興味を持ったようだ。


『リリアさんはポキモンが好きなんだな。あ、そうだ、よかったらどれかぬいぐるみ買ってあげるよ』

『え、い、いいの? ショウタのお金なのに』

『大丈夫、俺はひとりぼっちだったから、あまりお小遣いを使うことがなくて貯めてたよ。こういう時くらい使ってもいいかなと』

『ありがとう! ショウタ優しいね』


 リリアさんがショップの中でうーんと迷いながら色々見て、一つのぬいぐるみを手に取った。俺はそれを買ってあげることにした。


『はいどうぞ』

『ありがとう! これ、今日の記念と、宝物にする!』


 ポキモンのぬいぐるみを抱いて、嬉しそうなリリアさん。よかったなと思っていると、


『ショウタ、ちょっとあそこで休憩しない?』


 と、リリアさんが言った。リリアさんが指さした方向にあったのは、小さな川沿いのベンチだった。


『うん、いいよ。あ、その前に飲み物でも買おうか、あそこに自販機があるな』


 今日はけっこう暖かいので、冷たい飲み物でいいかと思って、俺は紅茶とコーヒーを買った。リリアさんに『どっちがいい?』と訊くと、『んー、紅茶にしようかな!』と言ったので紅茶を渡した。その後川沿いのベンチに二人で座った。


『川が流れてるねー、あそこにはお花が咲いてる!』

『ああ、きれいだなぁ、休憩スポットにはちょうどいいような』

『ふふふ、ショウタ、今日はほんとにありがとう。私、今日のことずっと楽しみにしてたんだ』


 声は少し真面目なトーンだったが、リリアさんはニコッと笑顔を見せた。その笑顔に俺はまたドキドキしてしまった。


 ……ん? お、俺、なんか変だな。いや、リリアさんは女の子で、俺は男の子。友達とはいえ、異性にドキッとするのは普通といえば普通か。あまり考えすぎてもよくないなと思った。


『そっか、リリアさんが楽しみにしてくれてたなら、俺も嬉しいよ。じ、実は心の中では、今日のこと却下されるかと思ってたけど……』

『え? なんのこと? まぁいいか。えへへ、ショウタが優しくて、カッコよくて、私ドキドキしちゃった……さっきもぬいぐるみ買ってくれたし、これはお礼をしないといけないね。ショウタ、前向いて』

『ん? お礼?』

「……うん、ショウタ、ありがとう」


 ……あ、今リリアさんは日本語でありがとうと言ったな、あのコンビニに行った時を思い出す……と思ったら――


 俺の頬に、何か柔らかいものが当たった。


 …………。


 ……ふと横を見ると、顔を赤くしてこちらを見つめるリリアさんがいた。

 ……え? 今の……って……。


『……り、リリアさん……?』

『……えへへ、ほっぺだけど、びっくりした?』


 …………。


 俺は思考が停止した。頭が真っ白だ……ああこのまま天国に行くのかな……って、待て待て待て! ま、まさかさっき、俺の頬にキスを……!?


『……ええ!? あ、あの、その……』

『……今日のお礼だよ。嬉しい?』

『あ、いや、まぁ……お、俺、そんな経験なくて、う、嬉しいというか、なんて言えばいいか……』


 わたわたと慌てる俺を見て、リリアさんが笑った。

 春の陽気が暖かい。それ以上に、俺の頭は熱くなって熱でもあるのではないかと思った。

 ……それでも、頬の感触は、忘れることはなかった。

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