第15話「ふたりはべんきょうちゅう」

『リリア、ショウタくんがコーヒーを飲んだら、リリアの部屋に案内しなさい。勉強があるんだろう?』


 流暢なフランス語が聞こえる。何度も言うがここはフランスではない。日本だ。

 リリアさんのお家でコーヒーをいただいていると、お父さんがそんなことを言った。そうだ、俺はリリアさんに勉強を教えるために来たのだ。お父さんお母さんへのご挨拶だけではないのだ。


 それはいいのだが、俺の隣で俺の左手をきゅっと握る子がいた。リリアさんの妹のエマちゃんだ。言葉はあまり話さないが、じーっと俺のことを見てくる。やはり俺も幼女に好かれるようになったか。やはりってなんだ。


『うん! ショウタ、数学教えて! あと日本語も!』

『あ、ああ、分かった。なんでも訊いてもらえれば……って、そうだ、エマちゃんは何年生?』

『……あ、エマ、いちねんせい……』


 ぽつりとフランス語を口にしたエマちゃんだった。


『そっか、一年生か。そしたら一緒に日本語の勉強する? 俺が教えるよ』

『……ほんと?』

『うん、ひらがなとか読めるかな? 学校でも習うよね』

『……うん! エマもべんきょうする!』


 そう言ってエマちゃんがまたがばっと俺に抱きついてきた。


「お、おわっ!」

『ふふふ、エマったら、翔太くんのこと気に入ったみたいねー、ずっと会いたいって言ってたもんねー』

『うん! ショウタおにいちゃん、いいひと!』


 お、お兄ちゃんと言われてしまった……ま、まぁ、おじさんと言われるよりマシか。俺も一応高校生だからな……おじさんと言われたら悲しくなってしまうよ。


 コーヒーを飲んだ後、リリアさんの部屋に案内された。玄関入ってすぐのところに部屋はあった。

 ……って、ちょっと待て。俺は同級生の女の子の部屋に入ったことがない。違う緊張が俺を襲っていた。


『さぁ、入って入ってー!』


 リリアさんに手を引かれて部屋に入る。ベッド、机、テーブル、低いタンスと本棚と、シンプルなお部屋だった。ベッドやタンスの上ににぬいぐるみが置いてあるところを見ると、女の子だなと思う。


『あ、こ、ここがリリアさんのお部屋か……』

『うん! これ見て! ポキモンのミズッコロのぬいぐるみだよ! いつも一緒に寝てるんだー』

『そ、そっか、可愛いね……』


 こ、こういう時どういう返事をするのがベストなのか、俺はイマイチよく分からなかった。そりゃそうだ、ひとりぼっちで友達の家なんて行ったことないからな。


『あ、勉強しないとね。数学が分からないんだよー、なかなか難しいね』

『これは……ああ、三角関数か。これはsinとcosがここにあるから、こうなって……』

『ああ、そういうことかー! ショウタすごいね、なんでもできちゃうんだね』

『ま、まぁ、俺には勉強しかないからなぁ』

『おにいちゃん、エマにもにほんご、おしえて』

『ああ、エマちゃんは学校でひらがな習った?』

『ならってるけど、うまくかけない……』

『じゃあ、あいうえおから順に練習してみようか。ここに書いてみるね』


 俺がノートにあ、い、う、え、おと書いているのを、エマちゃんはじーっと見ていた。


「あ、い、う、え、お」


 一つずつゆっくりと発音しながら、鉛筆で書いていくエマちゃんだった。


『あ、私も練習してるよー! あとおを間違えなくなった!』


 そう言ったリリアさんが「あ、い、う、え、お」と言って、なんだか楽しそうだった。ま、まぁ、リリアさんも勉強中だからな。


『うん、リリアさんもだいぶ書けるようになったな。あ、エマちゃん、よく書けてる……けど、あがちょっと形が違うかな、こうやって……』

『あ、そっか。にほんごかくの、むずかしい』

『そうだよね、リリアさんも最初間違えてたよ。大丈夫。少しずつ覚えていくから』

『うん! おにいちゃんやさしい、おこったりしない』


 そう言って俺の左手をきゅっと握ってくるエマちゃんだった。


『あ、あれ? もしかしてお姉ちゃんに怒られてるの?』

『そ、そんなことしないよ! エマ、私も優しいよね?』

『リリアもやさしい。リリア、おにいちゃんのこと、すき。いつもおにいちゃんのはなし、してる』

『え!? あ、いや、その……』

『え、エマ!? ご、ごめんね、ちょっと話し過ぎたかな……あはは』


 恥ずかしそうなリリアさんだった……って、な、なんかこっちも恥ずかしくなってしまうのだが……。


『……あ、ショウタ、こ、ここ教えて、ここもよく分からなくて……』

『あ、ああ、ここにこれがあるから、こうなって……』

「あ、い、う、え、お」


 そんな感じで勉強を進める俺たちだった。ま、まぁ、なんか変な空気もあったが……勉強ができて楽しそうな二人を見ると、俺も嬉しい気持ちになっていた。

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