第8話「リリアさんのありがとう」
「リリアさん、また明日ねー」
「うん、またあした」
放課後になり、クラスメイトも続々と帰って行く。リリアさんもクラスメイトに「またあした」と言えるようになった。休み時間も女子と話しているみたいだし、いいことだなと思った。
……ん? まぁ、俺には関係ないことだ。俺はいつでもひとりぼっちだからな。
『ショウタ、帰る?』
『ああ、帰ろうかなと』
『そっか、じゃあ帰ろ!』
そう言ってリリアさんが俺の手をきゅっと握ってきた。
『だ、だからこれはやめてもらえないか……』
『えー、ショウタのケチー。早く帰ろうよー』
やはり距離感がおかしいリリアさん……はまぁいいとして、俺はとりあえず帰ることにする。隣にはリリアさんもいる。
……って、俺はなぜリリアさんと一緒に帰っているのだろうか。まぁ家が同じマンションというのはあるのだが、別に一人で帰ってもいいような……でもリリアさんはそれを許してくれなさそうだった。
駅から電車に乗り、しばらく揺られて家の最寄り駅に着く。改札を通ってさぁ帰るか……と思ったその時、リリアさんが、
『ねぇショウタ、あれはお店?』
と、訊いてきた。指さす方向にあるのはコンビニだった。
『ああ、あれはコンビニ』
『こ、こんびに……?』
『あれ? もしかしてフランスにはないのかな、二十四時間営業しているお店だよ』
『ええー! すごい! フランスにはなかったよー! ねえねえ、ちょっと行ってみてもいいかな?』
『あ、ああ、まぁいいけど』
リリアさんが早く早くという感じで俺の手を引いて、コンビニに入る。「いらっしゃいませー」という店員さんの声が聞こえる。
『ショウタ、イラッシャイマセ……? ってどういう意味?』
『ああ、来てくれてありがとうございますとか、そんな感じかな。店員さんの挨拶だよ』
『へぇー、ちょっと覚えたかも!』
リリアさんが楽しそうに「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ」と言っていた。な、なんか通りすがりの人に見られた気がするが……まぁどうでもいい。
リリアさんはニコニコ笑顔で店内を見て回る。俺も飲み物でも買おうかなと思って、カップのコーヒーを手に取った。これはレジ横の機械で自分で淹れるやつだ。
『あれ? ショウタ、それは何?』
『これはコーヒーだよ、あそこの機械で自分で淹れるやつ』
『へぇー、私も買ってみよっと!』
リリアさんも嬉しそうにカップを手にする。他にも色々な商品があるのがめずらしいみたいだ。リリアさんが嬉しそうなのが伝わってくる。
『あ、焼きそばパン? がある! ここにあるのかー』
『ああ、コンビニやスーパーで売ってるよ。フランスでは買い物ってどんなところでやるんだ?』
『マルシェやスーパーが多いかなぁ。でも二十四時間開いてるってところはないから、ちょっとびっくりした!』
『そっか、まぁこっちにもスーパーはあるよ。行ってみるといい』
リリアさんは焼きそばパンも手に取っていた。本当に気に入ったみたいだな。
商品を持ってレジへ行く。そうだ、リリアさんはお金出せるのかな、ちょっと気になったので、
『リリアさん、俺が買ってあげるから、それ貸して』
と、言った。
『え? い、いいの? 私お金持ってるよ?』
『あ、持ってたか。まぁいいや、ここは買ってあげるよ。あとお会計のやり方見てもらえれば』
『ありがとう! ショウタ優しいね』
リリアさんと一緒にレジでお会計をした。その様子をリリアさんはじーっと見ている。日本語は分からないかもしれないが、やり方はなんとなく分かるだろう。
その後、コーヒーを淹れるために機械のところへ行き、カップをセットしてボタンを押した。リリアさんが機械をじーっと見ている。しばらくしてコーヒーが出来上がった。
『はいどうぞ』
『ありがとう! あ、ショウタ、ありがとうって日本語でどう言うの?』
『ああ、こう言う』
俺はそう言った後、「ありがとう」と続けた。
『あ、なるほど! アリガトウか、覚えた!』
そう言ってリリアさんが「ありがとう、ありがとう」と言っていた。まぁ楽しそうでなにより。
コンビニを出て、二人でコーヒーを飲む。リリアさんはくんくんとにおいをかいでから、一口飲んだようだ。
『……美味しい! このコーヒーもいいね!』
リリアさんが嬉しそうだ。まぁよかったかなと思っていると――
「ショウタ、ありがとう」
……そう日本語で言ったリリアさんの笑顔が、可愛かった。
…………。
……いやちょっと待て。どうでもいいんじゃないのか。
それでも、リリアさんの「ありがとう」が、俺は頭から離れなかった。
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