第5話「またあしたをおぼえた」

 放課後になり、クラスメイトが続々と帰って行く。

 俺も帰る準備をしていると、隣でリリアさんが俺の様子を見て、同じようにペンやテキストを鞄にしまい込んでいた。


「リリアさん、また明日ねー」


 近くの席の女子が手を振りながら教室を出て行った。俺には何も話しかけない。そりゃそうだ、俺はひとりぼっちだからな。


『ショウタ、マタアシタって、どういう意味?』


 リリアさんが不思議そうな顔で俺に訊いてきた。


『ああ、今日は帰るから、明日学校で会おうねとか、そういう意味』

『あ、なるほどー、ちょっと覚えたかも!』


 リリアさんが笑顔で「またあした、またあした」とつぶやいている。その横顔がなんだか可愛らしい感じがした。

 ……ん? 俺は何を考えているのだろうか。そんなことはどうでもいい。俺も帰ろうと席を立つと、


『ショウタ、帰るの? じゃあ私も帰る!』


 と、リリアさんが言って、俺の左手をきゅっと握ってきた。


『え!? あ、か、帰るけど、この手はやめてくれないか……』

『えー、ショウタのケチー。早く帰ろうよー』


 頬をふくらませてぶーぶー文句を言うリリアさんだった。ま、まぁいいや。とりあえず俺とリリアさんは玄関で靴を履き替え、学校の最寄り駅へと歩いて行く。


 ……そこまで来て、俺は思い出した。そういえばリリアさんは朝、俺の家の最寄り駅から一緒に来た。ということは帰りも乗る電車は一緒、帰る駅も一緒ということになる……よな。


「あ、い、う、え、お、か、き、く、け、こ」


 リリアさんは俺の隣で楽しそうに日本語を言う。今日ひらがなを書けたのが嬉しかったのだろう。そういえば俺も小学校一年生の時、似たような気持ちになったなと思い出した。


 ……まぁ、そんな昔のことはどうでもいい。今はとりあえず楽しそうなリリアさんの邪魔さえしなければそれでいいだろう。


 電車が家の最寄り駅に着き、俺は電車を降りる。もちろんリリアさんも降りる。改札をくぐって、駅の外に出た。


「じゃあ、リリアさん、また明日」


 俺はあえて日本語で言ってみた。


『あ、ショウタも、マタアシタって言った! うん、マタアシタ!』


 今度は「またあした、またあした」と繰り返すリリアさんだった。その様子を見て俺は歩き出す。


 …………。


 ……あれ?


『……リリアさん? なんで一緒に帰ってるの?』

『え? 私の家、こっちだよ?』


 リリアさんがそう言って指をさす。その方向は俺の家がある方向と全く一緒だった。あ、なるほど途中まで一緒なのか。この辺りは住宅街だ、そういうこともあるよなと思った。

 結局駅からもリリアさんと一緒に並んで歩いて行く。ちらっとリリアさんを見ると、ニコニコ笑顔だった。その横顔に俺はドキッとしてしまった。


 ……いかん、俺は今日一日なんだかおかしい。リリアさんとの距離が近すぎるのが原因だろうか。明日熱が出ないといいな、そんなことを思いながら俺の家のマンションまで二人でやって来た。


 ……あれ? 二人でやって来た?


『あ、リリアさんの家はこの先かな、じゃあ、俺はここで……』

『え? 私の家、ここだよ?』


 ん? 私の家、ここだよ?

 リリアさんが指さす方向を見ると、俺の家のマンションがある。


 ……え? ということは……?


『……ええ!? も、もしかして、マンションが一緒……!?』

『ああ! そうなんだね! すごい! ショウタと一緒の家!』


 そう言ってリリアさんが俺の手を取ってぴょんぴょんと跳ねている。そ、そんなバカな、そんな偶然、漫画の世界だけの話だと思っていたが、本当にあるとは……ていうか一緒の家という表現はなんだか違う気がしたが、変なツッコミはやめておこうと思った。


『あ、そ、そっか、まぁ、そういうこともあるか……』

『うんうん! なんだか嬉しいなぁ、ショウタと一緒の家だったなんて!』


 リリアさんが俺の手を引いて、エントランスでオートロックを開けて入っていく。右側にエレベーターがあるので一緒に乗る。俺は三階、リリアさんは五階を押した。なるほど、五階の人だったのか……。


 三階に着き、俺はエレベーターを降りる。その時後ろから、


「ショウタ、またあした!」


 という声が聞こえてきた。振り向くとリリアさんが笑顔で手を振っている。


「あ、ああ、また明日……」


 俺も日本語で返事をする。笑顔のリリアさんを隠すようにエレベーターの扉が閉まり、上へと上がっていった。


「……また明日……か」


 今まで言われたことのない言葉だった。まぁどうでもいいのだが、なんか悪くないなと思った自分もいた。



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