第4話「初めての焼きそばパン」

 昼休みになった。

 教室では超至近距離で楽しそうなリリアさんに日本語を教えながら、俺はいつも通りに授業を受けることができた。二年生になって初めての授業だし、まぁこんなものだろう。


 英語の授業では、リリアさんは流暢な英語を披露していた。さすがだなと俺も思ったが、クラスメイトも同じ気持ちだったのかパチパチパチと拍手を送っていた。まぁ、日本人以外のネイティブな発音を聞く機会は少ないからな、気持ちは分からんでもない。


 ……ん? 俺は何を考えているのだろうか。リリアさんがフランス語だけでなく英語もできるとか、ネイティブな発音とか、どうでもいい。

 そう思い直して、さてご飯でも食べに行くかと思っていると、


『ショウタ、ご飯食べる?』


 と、リリアさんが訊いてきた。


『ん? ああ、食べに行こうかと思っているところ』

『そうなんだね、あれ? どこかに行くの?』

『教室には居づらいからな、俺のお気に入りの場所に』

『お気に入りの場所……? 私も行く!』


 そう言って嬉しそうに俺の左手をきゅっと握るリリアさんだった。


「え!? い、いや、まぁ……あ、ごめん」


 思わず日本語が出てしまった。い、いかん、手を握られるとちょっとドキッとしてしまうのは、俺も男だからだろうか。



 * * * 



 結局リリアさんに手を握られたまま、俺たちは俺のお気に入りの場所……体育館の裏にやって来た。な、なんか途中で他の人にチラチラと見られていたような気がしたが……まぁ、どうでもいい。

 ここは昼休みは誰も来ないので、気に入っているスポットの一つだ。教室にいるとクラスメイトの話し声が聞こえるし、中庭や玄関横、校舎裏のベンチは人気で人が多いし、なかなか行くことができない。一人になれる場所は俺もこの一年でだいぶリサーチしたのだ。ひとりぼっちをなめるなよ。


 ……しかし、今日は一人ではない。リリアさんがニコニコ笑顔で辺りを見回している。


『へぇー、静かなとこだね、誰もいない』

『ああ、俺のお気に入りの場所の一つだ』

『ふふふ、なんかショウタ、嬉しそう』


 そう言ってリリアさんが俺の頬をツンツンと突いてきた。な、なんかずっと距離感がおかしいのだが、外国の人というのはみんなこんな感じなのだろうか。俺も勉強はできて言葉もそれなりに話せるが、ガチの外国の人とはあまり接したことがないからな……。

 ……まぁいいや、そんなことは。どうでもいい。


 リリアさんが俺の隣に座って、嬉しそうに持ってきた包みを開ける。なるほど、お弁当なのか。中には美味しそうなサンドイッチがみっちりと詰められていた。


『あれ? ショウタは何を食べるの?』

『ああ、今日は昨日買っておいたパンだよ』

『へぇー、あ、これ、パンに麺が挟まってる! 面白いね』

『焼きそばパンっていうんだ。こんなのはたぶん日本だけだろうな』


 ……そこまで話して、俺は何をやっているのだろうかと思った。俺は一人がいいのだ。何度も言うが友達なんていらない。しかし先程からリリアさんとのやりとりはまるで友達同士の――


『んむんむ、美味しい~』


 ……嬉しそうにサンドイッチを頬張るリリアさんが、可愛く見えた。


 …………。


 いやちょっと待て、俺おかしいな、熱でもあるのか、やはり保健室に行った方がいいのかもしれない。

 そう思いながら焼きそばパンを食べていると、


『ねえねえ、そのパン、食べてみたいな!』


 と、リリアさんが言った。そのパン……まさか俺が食べている焼きそばパンのことか……!?


『え!? い、いや、それは……ダメだろ』

『えー、ショウタのケチー、一口でいいからー。あ、私のサンドイッチ一つあげるから! ね?』

『え、あ、いや、まぁ……』


 ぐいっと身を寄せてくるリリアさん。だ、だから近いって……なんだか引き下がってくれそうにないので、俺は食べていた焼きそばパンをそっと差し出した。するとリリアさんが嬉しそうに一口かぶりつく。その仕草を見た俺は――


『んむんむ、これ、美味しい! 初めて食べた!』


 ……かぷっと焼きそばパンにかぶりついたリリアさんが可愛くて、ドキドキしてしまったのだった。

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