第2話「お隣さんになった」

『朝はありがとう! 私リリア・ルフェーブル。同じクラスだったんだね!』

『あ、ああ……よ、よろしく』


 教室がざわざわしている。みんなが俺とリリアさんのことを見ている。こんなに勉強以外のことで目立ってしまうなんて……俺はどこかに逃げ出したくなった。


「なんだ、綿貫と知り合いなのか? じゃあちょうどいい、席は綿貫の隣にしよう」


 そんなことを言う先生だった。


「え!? い、いや、隣には人が……」


 俺がそう言っている間に、隣の女子は嬉しそうに俺の後ろの席に移動した。ということは隣が空いている。え、え、マジで? ていうか俺の後ろに一つ空きの席があったの、なぜかと思っていたら、一人増えるからなのか……。


「綿貫、そこに座るように言ってくれるかな、俺は英語もフランス語もダメでな」


 先生が笑いながら言う。いや、それくらい言ってくれよと思ったが、ずっと俺の左手を握っているリリアさんを見て、仕方ない……と思い、


『あ、リリアさん、そこの席になった。座って』


 と、言った。リリアさんは嬉しそうに、


『やった! お隣さんだ! よろしくお願いします』


 と言って、ペコリと頭を下げた。俺は『あ、ああ、よろしく……』と、短く返事をした。


「綿貫、分からないことも多いだろうから、しばらく隣で教えてやってくれ。席くっつけてもいいから」


 ああ、なるほど……って、ええ!? い、いや、それは……と思っていると、リリアさんが先生と俺を交互に見る。おそらく日本語が分からなかったのだろう。ていうかここ特進科だぞ? 普通は留学生が来るなら英語科じゃないのか……あれ? そういえば先生は『転校生』って言ったな。ガチで転校してきたということなのだろうか。


 ……そこまで考えて、俺はどうでもいいと思い直した。隣にいるリリアさんが何者なのか、転校生なのか留学生なのか、そんなことはどうでもいい。正直興味がないのだ。何度も言うが友達なんていなくていいと思っている。友達付き合いなんて時間の無駄だ。それならば勉強をしておいた方がいい。俺もとことん勉強オタクだな。


『そういえば、あなたの名前聞いてなかったね、名前なんていうの?』


 リリアさんがニコニコ笑顔で俺の方を見て言った。え、間違いなく俺に言ってるよね……めんどくさいけど、仕方ない。


『……俺は綿貫翔太。よろしく』


 俺がフランス語でそう言うと、リリアさんは『わ、わた……わた?』と、なかなか言えないようだった。ちょっと難しいのと発音しづらいのかなと思って、


『あー、翔太でいいよ。そっちなら言いやすいかな』


 と、言った。するとリリアさんはまたパァッと笑顔になった。


「ショウタ! よろしく!」


 リリアさんは日本語で言ったのだが、あまりに声が大きかったので、またみんながこっちを見た。


「ちょ!? こ、声が大きい……あ、ごめん」


 日本語で言っても通じないだろうと思った俺は、また頭をフランス語モードにする。


『こ、声が大きいから、もう少し小さな声で……』

『あ、ごめん、嬉しくてつい。よろしくね、ショウタ』


 リリアさんが嬉しそうだ。ま、まぁ、俺もクラスメイトに下の名前で呼ばれるなんて経験がないから、ちょっと嬉しかった……って、待て待て待て。そんなのどうでもいいんじゃないのか。


 ……でも、嬉しそうなリリアさんの笑顔は、可愛かった。


 …………。


 いやちょっと待て。さっきから待ってばかりだな。俺、なんかおかしいのかな、ちょっと保健室に行った方がいいのかもしれない。


『――ショウタ? どうかした?』


 リリアさんに言われて、ハッとした。気がつけば朝のホームルームが終わっていた。いつの間にかぼーっとしていたみたいだ。


『あ、い、いや、なんでもない……』

『そぉ? なんか難しい顔してたよ。熱でもあるのかな?』


 そう言ってリリアさんが近づいてきて、俺のおでこに手を当てた。


「……なっ!? ななな!? あ、ご、ごめん……」

『……うん、熱はないみたいだね。ねぇ、机くっつけてもい――』

「――ねえねえ、リリアさんってどこから来たのー!? あ、日本語だと通じないかな」


 たちまちクラスの女子に囲まれるリリアさんだった。ま、まぁ、この見た目だ、興味が出るのも分からないでもない。

 ……ん? 俺はまた何を考えているのだろうか。リリアさんがどこから来たのとか、どうしてこの学校にいるのとか、そんなことはどうでもいい。


 女子たちはなんとか英語で話そうとしているみたいだ。どうやらリリアさんは英語もできるらしい。そんな女子たちの会話を聞きながら、俺は一時間目の現代文の予習をしようと思って、教科書を眺めることにした。

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