第2話 姫、魔王討伐に旅立つ

「姫様、本当に行ってしまわれるのですか?」


 自室で旅支度を整えていた姫に声をかけてきたのは、彼女専属のメイドだった。


「父上の命令だしな。仕方がない」


 箪笥たんすを漁りながら、姫は素っ気なく答える。旅支度と言っても、持っていけるものはそう多くない。少しの着替えと水と食料、愛用の剣に路銀くらいだ。

 短くはない旅路になるだろうが、こちらの動きを魔族側に悟られるわけにはいかない。よって、目立たないように荷物は最小限になる。足りないものは、行く先々で何とかするしかなかった。


 それに、彼女は「王族の姫」と言われて一般に想像されるような女性とは異なる精神性を持ち合わせていた。騎士団の野営訓練などにも参加していて、不便な旅にも野宿にも文句を言ったりはしない。王宮の外の方が自由でいいとさえ思っていた。つまり、とんだ変わり者だったのだ。


「でも、大切な王女を死地に追いやるような真似をなさるなんて……」


 尚も不満を言い募ろうとするメイドに、姫はしっ、と唇の前に人差し指を立てる。


「下手なことを言わない方がいい。不敬罪だぞ。それに、わたしは大切な王女などではない。兄上も姉上もいる。わたし一人いなくなったところで、大した影響はないさ」


 姫は五人きょうだいの末っ子だった。兄や姉たちは国のために立派に働いており、特に二人の姉姫は強い癒しの力を発揮し、聖女として国民から頼りにされている。そんな中で、癒しの力をろくに使わず、剣ばかり握っているささくれ姫は、問題児扱いされていたのだ。それはわかっていたし、それでも自分を曲げられないところが、姫の長所であり短所でもあった。それに、いつかはこうなるだろうと、達観している部分もあった。


「そのようなことは……っ。姫様は、とってもお優しい方ですのに……」


 メイドは姫の行く先を思って、目に涙を溜めている。そんなメイドを見て、姫は苦笑した。

 そして、箪笥の奥をごそごそやって、手の平ほどの大きさの木箱を取り出す。


「新しい保湿クリームの試作品だ。多めに作っておいたから、わたしが帰ったら感想を聞かせてくれ」


 この地方の空気は乾燥しやすく、今は水も冷たい季節だ。水仕事に働くメイドたちは、ささくれやあかぎれに悩まされていた。


「……姫様、なんてお優しい……! いつもありがとうございますううう」


 メイドは感涙にむせび泣き、クリームの入った箱を大事そうに胸に押し頂く。


 ささくれやあかぎれを防ぐには、保湿するのが一番だ。皆、王族の癒しの力に頼ろうとするし、他ならぬ王族もそうさせようとしているのだが、自分でできる手入れは自分でするに越したことはないと、姫は思っていた。そのために、保湿クリームなど、薬効のあるものをこっそり研究しているのだった。


「わたしがいなくても、手入れを怠るなよ」


 そう言って、大した見送りもないまま、密かに姫は旅立っていった。

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