ささくれ姫の冒険~聖女は傷を癒さない~

月代零

第1話 昔々、「ささくれ姫」と呼ばれた姫がおったそうな

 カン、カンッ、と木剣を打ち合わせる音が辺りに響く。

 剣の手合わせをしているのは、二人の男女だった。女の方は十代半ばくらいの若い娘、男の方も、彼女と同じくらいの若い騎士だった。

 騎士の方は、果敢に娘に打ちかかっていく。娘の方はそれを軽くいなし、相手の剣を絡め取って弾き飛ばした。男は勢い余って派手に尻もちをつく。

 娘はその鼻先に木剣を突き付けて、容赦なく言い放った。


「猪のように突っ込むだけでは、わたしには勝てんぞ」


 長い髪を三つ編みにしてぴっちり結い上げた娘は、眼光鋭い切れ長の相貌で、目の前の騎士を見下ろす。

 男は姿勢を正し、彼女の前に跪いた。


「勇気と無謀は違う。何度言ったらわかる」


 娘は手の甲で頬を滴る汗を拭い、乱れた前髪を軽く整えると、試合を見守っていた周囲の騎士たちを見渡す。


「今日の訓練はここまで! 各自、よく休むように。解散!」


 訓練場に背を向けようとした娘を、しかし騎士たちは呼び止める。


「お、お待ちください!」

「どうか、癒しの力を……!」


 見れば、騎士たちはほとんど全員、どこかしらに傷を負っていた。訓練用の木剣なので深い傷にはならないが、服で隠れない手や顔には擦り傷、それ以外にも打撲を負っている者が多数いた。

 だが、娘はその声に耳を貸そうともしない。


「すぐに魔法に頼ろうとするな。その程度の傷、きちんと洗って消毒をしておけば治る!」


 厳しく言い放ち、今度こそ娘は踵を返した。




 ここは、とある王国。この国の王族は、代々強い癒しの力を持っている。それをもってすれば、どんな傷も病も、たちどころに癒される。特に女性にその力が発現しやすく、王族の女性は「聖女」と呼ばれていた。


 しかし、彼女は違った。彼女はこの国の王女でありながら、男も顔負けの武勇を誇り、自ら騎士団の訓練を監督するような、勇ましい姫だった。その訓練は、厳しいことで有名だった。「心がささくれている」などと、周囲からはまことしやかに囁かれている。

 そして、訓練で傷付いた騎士たちの傷を、決して癒そうとはしなかった。冬場などは自分もささくれに悩まされているようだが、それにも癒しの力を使ったりはしない。


 そんな様子から、彼女は密かに「ささくれ姫」と呼ばれていた。




 ある日、姫は国王の謁見の間に呼び出される。


 何事かと駆けつけると、周囲には兄王子や姉王女、国の重鎮たちも居並び、物々しい空気を漂わせていた。きょうだいたちは心配そうな様子で目を伏せながらちらちらと、大臣たちは厳しい目で姫を見ている。


 そして、父である国王が口を開いた。


「姫、そなた、自分が何と呼ばれているか、知っておるか?」


 もちろん、知っている。いくらひそひそと本人の耳に入らないようにしているつもりでも、こういった話はどこかから漏れ聞こえてくるものだ。


「無論、存じております」


 しかし、姫には人から何と言われようが、成し遂げたいことがあった。そのためならば、不名誉なあだ名をつけられようが、構いやしない。

 姫は何故そんなことを訊くのだろうと怪訝な顔をしつつも、堂々と答える。

 だが、国王は渋い顔で続ける。


「そなた、癒しの力を使えないわけではないはずだろう? 何故兵士たちの傷を治さない? そなたの聖女の力は偽物だとのたまう輩までおるのだぞ」


 姫は答えない。押し黙ったまま、床に視線を落としている。

 国王はそんな姫を見て、額に手を当てて溜め息を吐いた。


「騎士団の訓練に参加することはかろうじて許したが、そこでの評判もすこぶる良くない。そのようなことでは、王家の名誉に傷が付く」


 一旦言葉を切った国王は、息を吸い直して、姫に厳しい言葉を告げた。


「そなたには名誉挽回の機会を与える。魔王討伐のパーティーに加わるのだ。そこで、聖女として役に立ってこい」


 姫は目を見開いて顔を上げた。


 この地では、人と魔族の戦いが長く続いていた。魔族を束ねるのが、魔王と呼ばれる存在だ。しかし、大陸の北の果てにあると言われる魔王の居城に辿り着いた人間はおらず、その布陣や戦力の全容なども明らかになっていない。


 膠着する戦況を打開しようと、これまで幾度も、魔族の軍勢をかいくぐって密かに魔王を討たんと、少数精鋭の討伐パーティーが送り込まれたが、誰一人として帰ってこなかった。

 それに加われということは、つまり死んでも構わないと言われたも同然だ。もし魔王討伐に成功すれば、歴史に名を残すほどの名誉が与えられ、失敗なら体よく厄介払いができると、そういうことだろう。


 姫は歯噛みしたが、王命には逆らえない。


「……かしこまりました。謹んで、拝命いたします」


 家族から死んでも構わないとされた。自分の行いが招いたこととはいえ、姫の心にちくりとささくれのような痛みが走った。



※多分続く。よろしければフォローして更新をお待ちいただけると幸いです。

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